第二十話:カノーの町の戦い(二)
カノー戦後編です。
オロチの全力ブレスが白の軍団を直撃した。
百人、二百人といった単位の兵が次々と倒れていく。当初五千は居たアリアの配下は、後方からの奇襲、大群による包囲への恐怖、それからの逃散、そして<オロチ>のブレスの直撃で遂に千を切った。
こちらの手勢も少し削られているが、ほぼ同数である。
体勢で見ると包囲している俺たちシズキ教勢の方がずっと有利。ついにアリアを追い詰めた。そのアリアが必死に兵を纏めている。どうやら大きな不利を察していったん逃げるつもりらしい。
「くっ、ゼタ! ロナ! ……ダメか。全員は連れていけないが、私が発動するしか……<瞬間移動魔法>――!」
パシン
と一陣の風が起こりかけた所に花火のようなものがさく裂した。ララお手製の瞬間移動ジャマーが発動した。アリアがかけた部隊瞬間移動が、魔力の流れを乱され強制キャンセルされる。
「やぁアリア。逃げるだなんてつれないことせずに、最後まで決着付けようよ」
「術が発動しない!? シユタ、これも貴様が……!」
アリアがどんどん涙目になりながら俺を睨みつけている。いや、もはや少しずつ涙を流し始めているようだ。その間にも俺は勝勢を確かなものにしようと下知を飛ばした。
「左方の追撃部隊を呼び寄せろ、包囲を完成させる! <カノー>の駐留部隊は右翼に回せ!」
全力ブレスを放った<オロチ>は大きく体積を減らし、先ほどその弱った所をアリアの槍で刺されて消滅してしまった。
<オロチ>が消えた所を、左方に配置していた兵を集めて補わせる。張り子の虎である右方も、合わせて本物の手勢で固める。これで……防壁と合わせて四方向の完全包囲完了。勝利は確実だ!
「確実のはずなんだけどなあ……アリアめ。あの馬鹿力女、なんだあの動きは」
通常、千人が千人の四方を包囲したら、はっきり言って勝負はつく。あとは普通に目の前の敵を刺し殺すだけで、敵中央部が遊兵となりこちらが断然有利だ。だから兵数差はどんどん広がっていく、はずなのに。
アリアの頑強な抵抗でこちらの兵が削れていく。お互いに倒れる兵数はなんとほぼ同等だ。
「そんなアホな……なんとかここまで有利を作っても、これでやっと互角かよ」
「シユタ、貴様こそ逃げるんじゃないぞ! その首すぐに刎ねてくれる! 貴様の言う通り、ここで決着だ!」
「ひぃっ、こわっ……こほん、皆聞け! いまこそ皆の信仰を見せる時だ! 一歩も引くな! 目の前の異教徒を叩き潰せ!」
そう檄を飛ばすとシズキ教僧兵が一気に沸き立つ。
リア教の半分は戦場の恐怖から逃げ出した。だがシズキ教には逃げ出すものは一人もいなかった。”信仰心の差”。後で思えば、軍略で埋められないこの要素が、<カノー>の戦いで一番の勝因だっだろう。
じりじりとお互いの兵を減らし、遂には三百対三百ほどになる。これ程までに軍勢が少なくなると、一度体勢を立て直したアリアの姿が俺からもはっきりと見えた。周りの敵兵はアリアをサポートするどころではない。目の前の相手と槍で叩き合うので精いっぱいだ。
頃は良し。最後の切り札を使う時と見た。
俺は魔力を絞り出して<チョウ>の群れを召喚、アリアへと狙いを定めヒラヒラと突撃させた。「パシン、パシン」とアリアの抗魔力特性が発揮され、<意志の力>で、魔法で生み出した<チョウ>は次々に掻き消える。
「ふっ……シユタよ、残念ながら攻撃魔法は私には効かない。隠していて悪かったな」
「知っているよ。それも」
「は……?」
「白の軍団の動員数が一万という事も、リア教の部隊瞬間移動の秘術をどうすればキャンセルできるかも、<救世主>が出向けば君はその打倒に夢中になることも知っている。我が妻たちが教えてくれた」
「……!」
「君がまだ軍略に疎いという事も、それを相続できなかったことも、父ジルバが亡くなったことも、<カノー>を何故か攻めたほうがいいと思っていることも……そして、攻撃魔法が効かないという事も知っている」
そう、アリアが俺のことを見下しているうちに、俺はアリアの全てを知っている。情報戦で圧倒している。”だから魔法を使ってアリアを捕らえることも出来る。”
スルスルと一匹の<チョウ>がほつれ、一本の紐となってアリアを縛り上げる。
「な、なんだこれは!」
「<念動力>さ。君にかけているわけじゃないから無効化されない。俺が<念動力>をかけているのはその”紐”だ」
「くっ、こんな細い紐……腕力で簡単に引きちぎって……ぐっ! ち、ちぎれない……!?」
ララの実家で以前教えてもらった通り、<念動力>は軽い対象に短時間なら簡単に扱える。紐で捕縛対象を絡め取り、結び目を付けるくらいなら、難易度は極めて低い。そして物理的に結んでしまった紐は、アリアの攻撃魔法無効化特性でもかき消せない。
俺は<チョウ>の群れの大半を<意志の力>で生み出した。だが、一部はある紐をチョウに見立て、<念動力>でヒラヒラと飛ばしたのだ。
一見ランダムに羽ばたき舞う<チョウ>ならば、多少の挙動の違いを怪しまれることは無い。次々と<チョウ>の姿を解き、そしてアリアの体に多数巻き付いているその紐は勿論、
「炭素繊維。それを基に最新の繊維強化を施した、鉄の十倍以上堅い紐だ。流石にこれを何十本もかけて縛れば、君の馬鹿力も太刀打ちできないようだね。随分値が張ったんだぜ。製造方法は……アリアには難しすぎるかな?」
「な、な、なんだと?! いったいこの紐は、くっ!」
この世界の住民のアリアが、炭素を編み上げたこの材料を知るわけがない。炭素と言う概念すらないだろう。
そんな未知の材料にアリアが手こずっている間に、俺は次々と彼女の体を紐で縛り上げる。大群に囲まれているアリアならこうも簡単に捕縛はできなかったが、すっかり手勢が減り瞬間移動も出来ない今ならば、仕留める方法は十分にある。そして、
ついにアリアは槍を落とし、膝を折ることも出来ずに俺の足元へ倒れ込んだ。
開戦当初の彼我戦力差は五千対千五百、彼我の損耗率は八十パーセント対八十パーセント。我が方の”勝利”である。
――
ひっ捕らえたアリアを仮設の司令部テントへと連れてくる。
部下を下がらせ、今は俺とアリアたちしかいない。そのアリアは副官二人と一緒になって、最後の意地を見せている。
「……くっ、卑劣な方法によって捕らえられたが……正々堂々と実力を比べれば、負けることは無かったのに……。こんな屈辱耐えられん、殺せ! だが、我がリア教は決して卑劣な<救世主>なんぞには屈しない! 白の防壁の中にはまだまだ軍勢が残っているぞ!」
「アリア様……我々もお供いたします」
「<救世主>シユタ、いつかその身に神罰が下る! 虚構の神ではなく、リア教の本物の神の裁きが下るぞ!」
ぽっぽーと<ハト>で手加減して殺さずに置いた、取り巻きの二人の副官ゼタ、ロナもかなりの美女だった。
強気そうなゼタとおとなしそうなロナは、二人合わせれば吊りあいのとれた良い副官だったのだろう。そのルックスと実力をあっさりと殺すのは惜しく、ついでに捕らえて連れて来たのだ。
分かってはいたけれど、めっちゃ嫌われてるじゃん俺……美人に嫌われると理屈抜きで凹むわ。
とはいえ、気を取り直してやることをやらなくてはな。
「アリア・エルトリア、お前は解放してやる」
「なっ、私を愚弄するのか!? 悪魔の使いに施しは受けない! さっさと殺せ!」
「違う、愚弄しているわけじゃないよ。君、さっき面白いこと言っていたよなアリア。自分の実力を発揮すれば負けることは無かったって。それを見せてほしいだけだ。俺は戦が強い女が好きでね。是非とももう一戦やろう。……君が逃げたり自害したりしないよう、こいつらは人質ってわけさ」
「なっ……それは本当か……?」
アリアの顔に少しばかりの希望が灯る。もちろん約束は守るとも。君の美しくも力強く戦う姿が見たい。戦乙女アリアよ、次も存分にぶつかってきてくれ。と、そんな感じでアリアを解放して――
七回ほど逃がしては捕縛した。
アリアは意気揚々と仕掛けてきたが、その度に軍略を仕掛け、白の軍団をぐちゃぐちゃにしてやった。優秀な二人の副官が不在でアリアの実力の底も知れた今、俺にとってみれば造作もないことだ。
時に夜襲をしかけ、時に川の氾濫で押し流し、ことごとく蹂躙した。
「バカな……リア教が、白の軍団が、私が……負けるなんてあり得るわけがない。あってはならない……」
そんな感じで虚ろな目をするアリアの手勢を、徹底的にすりつぶした。巨大な白の防壁の内側には、もはやまともな戦力は残っておらず、最後の奴の軍勢は年齢構成が酷く歪だった。
難攻不落の<トリア>の町に籠られたら大変困ったことになっていたが、そこは直情的でプライドの高いアリア指揮官、専守防衛はお気に召さず、毎度毎度戦力を逐次投入しては全滅していった。最後まで、父が遺したメモが次々に発見されることに疑問は持たなかった。
そう、もちろん俺がアリアを逃がしたのは強いアリアを見たためじゃあない。愚かなアリアを見たかったからさ。戦力を勝手に消耗してくれる敵指揮官は生きていてほしいのだ。
また、始めは口を利くどころか、話しかけたらツバを吐き捨てたゼタ、ロナ副官の二人について。
こいつらときたら、アリアが何度も無様に捕まっては解放されるごとに、徐々に表情は暗くなりついには泣き許しを請うようになった。副官二人には別室での排泄を許可したはずだが……極度の恐れからか声も上げられず、その場で粗相したこともある。
これは確か捕縛五回目の場面だったかな。
「シ、シユタ殿……アリア様をどうかお許し下さい」
「我々はどのように扱われても決して文句を言いません。ですが、あの方だけはお許しください……アリア様は我々リア教の希望なのです」
「でも、アリアが毎回攻め入ってくるから仕方ないじゃん。あ、また仕掛けて来たらしいな。それじゃあ全滅させてこよう」
「ひっ……ひいっ……ううううううう」
こうして、戦っていないはずのゼタとロナの方が先に折れた。その様子もまたたっぷりとアリアに見せてやる。
自分が捕まるたびに、かつての副官たちの涙と醜態をみてアリアの心は徐々に軋んでいった。それでもアリアは諦めなかった。捕らえられるたびにアリアの美しい瞳には無力さから来る涙があふれていたが、それでもアリアは諦めなかった。
「負けない、私は負けない、決して負けない。<トリア>のために、故郷とこの世界全ての為に。そしてリア教の為に」
そんな信念がアリアを突き動かしたのだろう。
だが七度目の敗戦で、文字通り自分以外の兵隊が一人残らず全滅した後、ついにアリアは全面降伏を告げ、俺の前に平伏したのだった。
さて、楽しい戦後処理へと移行するかね。
こんな感じで決着です。次回はのどかな和解の様子を一話丸々かけて描くつもりです。




