第四話:デュラハン
気が付いたら200話突破
『エレナ』の街を出発し暫くしたところで、見知った景色が現れた。
そもそもこのゲームの世界は、俺の地元や様々な異世界をモチーフにしているので見知っていて当然。その中でも慣れ親しんだ小高い丘、丘の上に一本の大木。
その木陰に『デュラハン』が待ち構えていた。
魔物の、そして生物の分布としてはあまりにも不自然な配置。群れも作らず移動もせず、何か作業をしているわけでもない。じっ……とプレイヤーの到来を待ち構えている。シンボルエンカウントをVRMMOに適用するとこんな不自然になるのか。この辺は要調整だな。
とゲームマスター目線で考えている俺に対し、『現実』の戦闘を目前にしたリョウケン・アイコの緊張は強い。
「居た……! 『デュラハン』、シュウタの情報通りだな」
「待って、魔力の強さを探ってみる……強い。少なくとも『魔法使い』としては、私一人よりもずっと」
「あとは俺の剣術が何処まで通じるかか……」
「ここで必ず倒す必要はない。慎重に行きましょう」
「ああ……」
おお、無自覚なプレイヤー目線では意外と没入感があるようだ。
確かに丘の上に陣取った『デュラハン』は迫力がある。
真っ黒な馬と、真っ黒な乗り手。巨大な鎧を纏った乗り手は首がない。代わりに墨色の粘度が高そうな液体が、絶えず首断面からこぼれ落ちている。大ぶりな突撃槍の威圧感も強い。
さて、どう攻略するか。といってもこの世界では俺、戦闘力皆無だから応援しか出来ないんですけれど。うーむ、せめてこの手持ちのカードが使えれば……。ごそごそと手でカードを弄っていると、リョウケンが大声を張り上げた。
「気づかれた!!」
一拍置いて、『デュラハン』がこちらに振り向く。リョウケン、こいつビビりすぎだろ……。今の明らかにお前が大声あげたから気づかれたんだぞ。
ビビリと緊張で、『デュラハン』の些細な動きに過剰に反応してしまったリョウケン。いくらステータスを優遇していても、この辺の戦闘経験はまだ少ないしな。どんまい。
急ぎ後衛の位置についたアイコも呆れている。偵察のはずが、強制的に戦闘開始だ。『デュラハン』がガシュリ、ガシュリと蹄の音を立てて突っ込んできた。
「でゅらー!」
「……これはひどい。鳴き声エフェクトは改善の余地あり。メモっとこ」
「うおおおおおおおおおおッ!」
ガジィン
金属の衝突音が響く。ビビった割に考えなしのリョウケンが突撃した。無謀だ。
普通ならば見るも無残に弾き返されるところであるが、そこは主人公属性を付与された選ばれしプレイヤー。彼の剣術は凄まじく、強引に『デュラハン』のチャージを受けきってみせた。返す刀で飛び上がって、槍の持ち手部を叩き斬る。辛くも『デュラハン』は槍を操り、その斬撃を受け流した。
「凄いな。もうあいつ一人で良いんじゃないか」
と思わずつぶやく。ただ、やはりララたちが直接キャラ設定を手がけただけあって、このボスは一筋縄でいかなかった。
リョウケンが剣術で近接一本と判断すると、軽く両腕を交差させてタメーモーションを挟み、全身から黒い波動を放つ。近接担当のリョウケンはたまらずはじき出されてしまう。距離を取らされるのは良くない。向こうは乗馬からの突撃が長所、出来る限り張り付いて足止めしなければ。
「ダメだ! 近づけねえ! 援護頼むアイコ!」
「任せて。『大火球』――!」
バギコン!
とアイコの構えた『大火球』が破壊された。
『デュラハン』の首から流れ出る”にかわ”のような液体が、円錐型に鋭く形を変えたかと思えばアイコの手元を突き刺していた。
粉々に砕かれた『大火球』は当然その神秘を発揮することがない。プラスチックのように不可逆に、紙のように散り散りになり消えてしまった。
「な――!」
「ちっ、マジかよ! こいつ、唱える前に!」
おい。
おいおいおいおい。
いきなり魔法封じすんな。魔法の訓練プログラムを兼ねているのに容赦なさすぎである。何? どういうこと? 如何にすばやく唱えられるかの課題?
そりゃないよ我が妻たちよ。俺はこの手持ちの謎カードをなんとか扱うのに四苦八苦しているというのに。
リョウケンが、そしてアイコが苦戦している。近距離から攻めようと思えば波動で弾き飛ばされ、遠距離から魔法を撃たんと思えば構えた時点で潰される。この『デュラハン』とかいうやつ、遠近ともに隙が無い。初ボスにしては強すぎじゃあないですかね……。
俺の手持ちといえば、どうにも使い道がわからない低レア魔法だけ。
「うーむ、どーしたもんか……」
「オイ、シュウタ! お前もちょっとは囮になるとかしろよ!」
「あ、ああ……わかった今いくよ」
リョウケンに急かされながら、俺は手持ちの魔法を眺める。えーと、『跳躍魔法』……五十センチジャンプできる。ダメだな。『弁明魔法』……舌の周りがなめらかになる。魔物相手に口が達者でどうするんだ? これもダメ。
パチパチと魔法の束を眺めても、どうにも役に立つものがない。そもそもアイコが要らないと考えたものだから当然か……。
当のアイコ本人は敵のランスチャージをかろうじて躱している。隙を突いて魔法を唱えようとしても、太い一本の”にかわ”鞭に手元を叩かれてうまくいかない。これではずっとこの繰り返しだ。
「この辺のもどうやって使うのかよく分かんねーな」
【検討:プールから三つ手持ちにしてから、手持ちをプールに二つ戻す】
【審査:相手のプールの最表皮を見て、そのままにするか深層に沈めるか選ぶ】
【却下:召喚獣を一体、手持ちに戻す】
etc、etc……
スタンバイ状態の手持ちをぐるぐる操作するだけで、ダメージを仕掛けられるものが皆無。これではどうやっても相手を倒せない。論外だ。
と今まで思っていたが、よく見ると……、
「いやいや、待てよ……」
この『審査』のカード、相手の次の手を操作できるのか。例えば相手が『大火球』を構えかけたら、それを予め防ぐことができる、かも。
ふむ、ふむ……相手に干渉できるのなら結構便利かもしれない。まてよ。相手に干渉できるのは、この一枚だけに限らないのではないか? 例えば……、
「えい、『跳躍魔法』」
俺の拙い魔法が発動した。アイコが要らないと判断しただけあって、かなりのクズカード。だから必要な手順も相当簡素だ。なるほどね、これくらいの軽めな魔法なら俺でも行けるのか。いままで『大火球』みたいな重たい攻撃魔法に固執しすぎていた。そして自分の未熟さの加減を測り損ねていた。
俺は思ったよりも、初歩の初歩から始めたほうが良さそうだ。
ふわふわと『跳躍魔法』の塊が『デュラハン』に向かっていく。『デュラハン』はアイコの手持ちを”にかわ”の鞭でしたたかに叩き、続いて方向転換しつつアイコに再突撃するところだった。
「おし! 初成功だ!」
「……! シュウタくんの魔法は封じられない!」
「どうやらあの黒い鞭は一本だけ、同時に複数を封じるのは無理みたいだね」
つまり十字砲火が肝。タイミングさえ合わせればこいつは攻略できる。高速の魔法封じに対して詠唱速度で抗うのは難しい。それよりもコンビネーション、しかも一人ではなく二人以上の息を合わせると手っ取り早い。
『デュラハン』の方向転換のタイミングに合わせ『跳躍魔法』を命中成功。やつはUターンの最中に五十センチほど浮き上がる。摩擦がゼロになったことで横滑りしながら強制的に大きく距離を取らされる。戦力差は改善していないが、体勢を立て直せた。
そして時間の余裕も出来た。リョウケンが俺たち後衛と敵の間に割って入る。
「アイコさん、ちょっと打ち合わせしたい」
「……今の、魔法の使い方……凄い、『跳躍』を自分ではなく相手に……」
「アイコさん?」
「! え、ええ、大丈夫。攻略方法がわかった。同時に撃てばいいのね」
「ああ、だけれどそれでは多分不十分だ。威力の大きい君の方が優先して潰されて、決定打にならない。そこで……」
こしょこしょとアイコの耳元と打ち合わせる。
「……! なるほど……いけるかも」
「主力はあくまでアイコさんだから、カードの順番に気を付けて」
「わかった。やろう」
すくり、とアイコが立ち上がる。信頼してくれたようだ。
バギン
とチャージ一閃、リョウケンが突撃槍で弾き飛ばされたのが同時だった。だらしないなあ、本当にこいつ主人公属性足されているのか? せっかく高ステータスなのに、相変わらずリョウケンはそれを活かせない。
ゲームマスターとしてダイスを操作してもいいけれど、ようやく攻略法がわかったのでここは正面からいこう。『デュラハン』の槍が俺たちに迫る。
「でゅっ! らっ!」
「アイコさんっ、タイミングはこっちで合わせる。先に唱えて!」
「ええ、『大火球』――!」
「『検討』!」
バギコン!
と、アイコの手元のカードが見るも無残に貫通される。ここまではまるでさっきのリプレイ。だが、結果は違う。魔法封じの一瞬前に俺は『検討』のカードを発動。対象は自分ではなく、敵の『デュラハン』でもなく、味方パーティのアイコ。彼女の手持ちをシャッフルすることで、”にかわ”に貫通されるのを無理矢理別カードに置き換えた。ババ抜きの要領だ。相手は一枚しか引けないので、貫くカードをこっちで操作してやればいい。
そこからのアイコの体捌きが上手い。右手で敢えて高々と掲げたデコイカードの代わりに、半身を入れ替えて左手の本命をかざす。
「『火花』、『大火球』!」
バチン
『火花』の衝撃で敵の乗騎がそり上がり一瞬硬直。体勢が崩れて馬の方がたたらを踏む。そのままさらに一歩接近したアイコは、『デュラハン』の首部――つまり鎧の覆いががら空きになっている部分目がけて、本命の『大火球』を叩きこんだ。ワンツーの要領で二連撃。アイコのような賢人ならば、『魔法使い』だろうとある程度前線に出たほうが戦果があるようだ。
狙いが良い。威力も良い。抜群の効果を発揮した一撃は、それだけで黒い乗り手を消し炭にした。
強い奴を一体ずつ倒していけば、いずれ万事解決する
VRMMOはそういうものらしい




