第十二話:農奴お買い上げ
前回に引き続き、元居た世界の天敵とのお話
タクヤとユキはあっという間に農奴に堕ちた。
予想はしていたけれど、ものすごい早さだったな。
最初の一日は祭の時の食品で何とか食いつないだ様子。そこから三日間はどうにか働き口を探し、ある老婆の経営する畑で働いていたが、余りの薄給でほとんど食べ物を得ることが出来なかったらしい。五日目には二人とも音を上げて、その立場の恐ろしさも知らずに老婆の農奴となり下がっていた。
コネも立場も魔法素養もないのだから当然だろう。この世界はまだ、何も持たない者を受け入れて生活を保障できるほど発展していない。これからは死ぬまで持ち主の畑を耕し続けるだけの存在となったのだった。
先日タクヤとユキとは、向こうからの一方的な喧嘩別れのように決別し……それから一カ月近くたった後、俺は人づてにタクヤとユキの農奴堕ちを知った。
とても晴れ晴れした気分で、二人が雨をしのいでいる馬小屋を訪れる。くすんで崩れかかった屋根、ここを寝床にしているとしたら住環境は極悪だ。
朝五時から畑作業に取り掛かり、日が暮れるまでぶっ通しで原始的な農業、そこから深夜一時までは馬小屋で小銭稼ぎのための内職しているようだ。一日一食を食べる暇もままならないらしい。二十時間労働とは恐れ入る。
残念ながら、まだくたばってはいないようだが。
「やあタクヤ、ユキ。元気にしていた?」
「…………シュウタ……ふざけんなよお前……こんなクソ未開の世界だって言わなかったじゃねえか……なんで言わなかった?」
「あぁ、聞かれなかったからね」
こちらのさらりとした返答にタクヤはブチ切れている様子だが、怒鳴り声を上げる力すらない。すっかり体内のカロリーが枯渇しつつあるのだろう。
ユキは一言も発しない。自慢の黒髪はかなりツヤが無くなってしまっている。こちらを流し見る目線にもいつもの余裕が完全にない。元々細身だったスタイルは、どちらかと言うと貧相というレベルになっている。
持ち主に”老婆”を選んだということは、最後の誇りとして体を売ることはしていないが、この極限状態だとそれも時間の問題だろう。
よく見るとユキの白い首元に赤い刻印が浮かんでいる。タクヤも同様。
「それじゃあ、結局二人とも農奴に堕ちたんだね。首輪付きになったんだ」
「……シュウタ君、これ、この首輪は本当に魔法で爆発するの?」
「ああ、俺は実際に爆発するところを見たことが無いけど、そう聞いているよユキ」
「……あのババァふざけやがって……シュウタ、お前なんとかできねえのかよ……こんな生活もう絶対ありえねえ。なんとかしてくれ。解除とかできるんだろ?」
「無理だね。持ち主が決まった奴隷は、他人がどうすることも出来ない」
ユキとタクヤが口々に文句を言っているが、きっぱりと断る。
この二人がしてきた仕打ちを考えれば当然のことだ。元の世界に居たときは、俺の金をさんざん巻き上げ、無理矢理言うことを聞かせていた罰。黙認して利用していたユキも同罪だ。
ちなみに首輪、というのは正確ではない。厳密には刺青、ルーン魔術のような紋様が二人の首回りに施されているのだ。表向きは所有権を表す記号。真の目的は反乱防止。
持ち主に逆らった場合は即爆発のルーンが発動し、奴隷を死に至らしめる。しかも相応の魔力を流せば、どんなに人権を無視した屈辱的な命令も強制的に従わせることが出来る。あの魔王が開発し、その便利さから魔物と人間の垣根をこえ、こちらにまで広まってきた。
この世界には奴隷制度が確立されていない。もちろん就業時間だの、労働基準法だの、ブラックだのホワイトだのは夢のまた夢の概念だ。
魔法で奴隷を従えることができ、しかも奴隷たちが反乱を起こせるほど町と町のつながりが薄い(――正確には魔王の支配で繋がりが阻害されていた)ので、ローカルな奴隷ルールしか存在しないのだ。だから、こんな非人道的な扱いがまかり通ってしまう。
そんなわけでローカルルールが全てのため、仮に売り手と買い手の交渉が成立すれば奴隷の持ち主も簡単に入れ替えられたりするわけだが。奴隷だって高価だし、こいつらのために金を払うつもりはない。そう思っていると、ユキがぼそりと呟いた。
「魔法……魔法か。この世界で一番重要な要素なのね」
「あぁ、俺はたまたま<意志の力>の素養があったから簡単に生き残れたよ。ただ、俺達が元々居た世界の住民は、どうやらその魔法素養が極めて低いことがほとんどらしいね」
「……凄い……本当に凄い……」
ヒュッと影を結び<カエル>と<ヘビ>と<ナメクジ>を呼び出して見せた。さらに畳みかけるように次の瞬間、二人が内職していた小麦袋を十枚ほど作り出して見せる。これくらいは恵んでやろう。
掛け値なしの羨望のまなざしでユキが見つめてくる。その美しい瞳には涙すら浮かんでいる。どうやらユキは今まで一カ月の間、ずっと魔法を使おうと苦労してくたらしい。一歩も前に進まなかった自分の成果と、俺の実力を比べてその違いをまざまざと見せつけられているのだ。
タクヤですら、怒りの中に少しだが憧れの色が混じっている。
「あの、シュウタ君。お、お願いします。魔法を私にも教えてください……」
「……無理だと思うよ。ユキには才能が無い」
「でも、少しでもモノにしたいんです。それが出来れば、畑仕事ももっと効率に出来るかもしれない。高価なものを内職できるかも。そうすれば、何年後かには自分を買い戻すことだって……」
そう言って、ユキは縋るようにこちらに近づいてきた。正確にはルーンの『首輪』とは別に鉄製の首輪を繋がれているので、近づき切ることは出来なかった。
ユキとタクヤはお互い別の空き馬小屋に繋がれていて、通路に立っている俺には近づくことすらできない。……あの気高いユキが、こんな風にすり寄ってくるまですっかり農奴根性が染みついている。バカげた労働環境に置かれれば当然か。
あまりにも哀れに思った俺は、少しだけ時間を割いてやることにした。
「ええっとユキ、影を結ぶところは出来るんだっけ?」
「いえ……そこからもう無理なの。イメージするというのがどうしても分からない」
「うーん、<カエル>が苦手なのかなあ? 人によってイメージしやすいものは違うとか」
「……………………<カエル>は、それほど好きじゃないわ……」
なんか暗かった顔がますます暗くなってる。それほど好きじゃないって言うより、想像するのも嫌いって感じだぞ。ユキの奴、もしかしてカエルとかヘビとか苦手なのか?
……それじゃあ出来るものも出来ないだろうな……。効率が悪そうだし、試しに方針を変更してみることにした。
「うーん、<カエル>に拘る必要はないかもしれない。俺が最初のころ呼び出したのは、<ハト>とか<炎>とかもいけたよ」
「動物は、正直イメージが難しいけれど、火ならガスコンロみたいなイメージができるかも」
「確かに、火を生み出すっていうのは、元居た世界のゲームやアニメの魔法イメージにそっくりだ。集中しやすいかもしれない。<炎>はここ、一番下のところに像を結ぶイメージで。そう。全体を一気に結ぼうとするとイメージがぼやけるだけだと思うから、点火するのは一か所だけに留めて」
「んっ!」
ユキはグッと<意志の力>を発動しようとしたが、うまくいかない。繰り返し何度もやっているが、これでは精神力の方が先に尽きるだろう。
……ま、倒れたらそれまでってことでそこまで付きやってやるか、とか十分程度ぼーっと見守っていたら、
ユキの手の平に<黒い炎>が燃え上がっていた。
「!」
「うお、ユキ! 出来てる! 出来てるよ!」
「や、やった! できた、できたわ!」
初めて見る炎の色だ。こんな黒い炎は自分で出したことが無いし、ララたち<魔法使い>の技術でも聞いたことが無い。高級アーティファクトにもこんな魔力の波動は見たことが無かった。
この魔力の特性が全く分からない。炎は近づいても熱くないし、かといって像が結び切れていなくて影だけ発生している様子でもない。まったく新しい魔術体系、この世界の技術進歩をガラッと変える力だと直感する。
ユキは安心したように一息ついて呟いた。
「やった、ありがとうシュウタ君。これで……あなたみたいに、私もこの世界でやってけるかも、なんてね……?」
ふっ、と無邪気に笑うユキの顔をみて、俺は電流を流されたような痺れた衝撃を受けた。
今の今まで俺は勝手に、ユキを魔性で欠点が無く絶対に逆らえない存在だと過大評価していた。取り巻きの数の暴力と腕力に、アレルギーのように過敏に反応して拒絶していたのである。
だが、そんな完璧超人なんて本当は居ない。
その人物像は、あくまでかつての俺から見た一側面に過ぎない。
誰よりも強く、位高いと思っていた性悪女の本当の姿は。一カ月も満足に睡眠をとらずにぶっ続けて酷使され、弱り切ってやっと見えたその姿は、ただの普通の女の子だった。両生類を触るとかマジちょっと無理な、可愛らしく笑える女の子だったのだ。
この魔力素養と笑顔に触れた俺は、初めて真剣にユキの未来を考えていた。
先ほどユキは、内職で金を貯めて何年後かには自分を買い戻すといっていたが、残念なことにそうはならない。今は魔王打倒で世界が混乱しているが、きっと半年もしないうちに金貨十枚近くの高値を付けてユキを買いとる”男性”が現れる。あのいけ好かない成金ボルドーのような奴に。
そうなったら、その晩からこの子の尊厳は二度と戻らないことになるのは想像に難くない。何も知らない奴がこの子の才能を台無しにしてし、二度と笑えなくしてしまう。
先ほどの灯火を考えるとそれは余りにももったいないことに感じた。
「ユキ、少し待っててくれ。すぐに戻るよ」
――
「ありがとう……シュウタ君、ありがとう……今まで、何度も酷い事をして本当にごめんなさい……」
今度こそ、ユキは俺に縋ることが出来ていた。
老婆と交渉して破格の金貨三十枚で即決、ユキの所有権を引き受けたのだ。
所有者であることを示す赤い指輪のルーンが俺の指に刻まれている。結局ユキの才能の片鱗に魅せられ、元天敵である彼女を引き受けることにしてしまった。まあ、あと、そうだなユキもかなり可愛いしな。ソフィーやララには負けるけれど。いや、同じくらいか、うん同じくらい。
他の成金男に取られるのが、ハッキリ言ってちょっとわずかに嫌だったのである。
いや、下心がメインじゃないぞ。あくまで魅力的だったのは才能の方ということをしっかりここで宣言する次第である。…………ユキになんでも言うこと聞かせられる、かあ……、いや下心じゃないぞ!
俺が見えない何かと戦っていると、改めてユキが三つ指ついて宣言した。
「シュウタ君、この恩は絶対に返します。……それと、今までしてきた仕打ちも必ず償います」
バツが悪そうに謝ってくれたが、俺としてはユキの素顔に触れることができてすっかり毒気を抜かれてしまっている。魔性じゃなくそっちの顔を前面に押し出した方がモテるんじゃないんですかねえ……。
まあ完全に水に流すほど俺もお人よしではないが、取りあえず保留だな保留。本当に和解するかはこの後のふるまい次第ってことで。
と、なんとか落としどころをみつけ、ユキも加えた俺のパーティはますます華やかになったなあと満足していたところで、
タクヤが恐る恐る話しかけてきた。
「シュウタ……俺は、どうなるんだ…?」
「あ、タクヤは出られないよ」
「な、なんでだよ!?」
「すまんね、タクヤまで含めると金額が高くてさー。俺の手持ちだと二人分の農奴は買い占められなかったんだ。どうしても買った方がいいかい?」
「あ……ああ、頼む。頼むよシュウタ……俺、ここに居たら酷死しちまう……。今までのことは全部謝る。謝ります……助けてください」
厳密には実態は少し違う。
俺は老婆と交渉してタクヤも買い上げたのだ。買い手が他に幾らでもつきそうなユキに比べて、タクヤは二束三文の値段だった。正直懐はほとんど傷んでいない。
買い上げた上で、”老婆に無期限無料レンタルした”のだ。向こうも全くリスクが無いので喜んで労働力を受け取ってくれた。つまり、俺がきまぐれを起こさなければ所有権は絶対に変わることなく、タクヤは無期限で毎日二十時間農奴に勤しむことが完全に決定した瞬間であった。
その密約を知っている者は他に誰もいない。
「うーん、分かった。クラスメイトのタクヤの頼みだ。金を貯めて必ず買い上げるよ!」
朗らかに宣言する俺。
ビクリと隣にいるユキの肩が震えた。俺の本心を察したのだろう。ましてや張本人のタクヤは悟らないはずがない。俺が”本当に戻ってきて金を払ってくれるか”なんて、分からないはずがないのだ。
それでも、タクヤは卑屈に媚びた顔で何度も何度も、去っていく俺に感謝の言葉を投げかけていた。そうするしかなかった。
「ありがとう! ありがとうございます! シュウタさん! ありがとう!」
その後のタクヤについて語ることは特にない。
ユキは今後も登場させていきたいです。




