エピローグ
「きりーつ。れーい」
「あ~終わったぁ。死ぬかと思ったよ、ほんと」
授業を終えたナイトは、机に突っ伏して眠そうな目をこすった。そして、携帯の画面を確認するとすぐに席を立ち、教室を出る。
「今日は、シフト入ってるんだっけ……」
駅前の道を歩きながら、五月の空を見上げる。すでにあのクリンネスタイムから数週間が経ち、平和が戻っていた。
輝鈴は負傷し、しばらくはクリンネスタイムに出なかったが、今日からは復帰するという。
「桃山くん!」
「お、蒼樹くん! 今日は休みかー、いいなー」
「ぼくは、早く仕事を覚えたいから、もっとシフトを入れてもらおうと思ってるんだけど……ダメって言われちゃった、あは」
「真面目だなあ~蒼樹くんは。あ、そうだ! 明日の数学の宿題、見せてよ。オレ、ぜんぜんわからなくってさあ」
「うん、いいよ。じゃあ今晩、桃山くんのアパートに行くね! ばいばい!」
小さな手を振って、紫は駅前を駆けて行った。
「蒼樹くんはもう一人前かあ、いいな~」
紫の処分は保留になった。まだ未来ある十代の若者。力の封印と、大和がユメヒコで厳重な監視を行うという条件付きで、一生懸命に生きている。
しかし、彼が再び鬼となる日は来ないだろう。ナイトや輝鈴達バイト仲間がいて、その明るい笑顔が愛される限り。
「いらっしゃいませ~」
「ちょっと、あなた。今日の特売のビーフジャーキーはどこザマスの?」
「げ、ブルドッグ……先生」
着替えを終えて、タイムカードを通したナイトの目の前に現れたのは、古田徳子教諭であった。
「あら、桃山くん。奇遇ザマスね。ここでバイトザマスか。けっこうザマス。柴雁さんの手足となり、死ぬほど働いて尽くすザマス」
一教育者としてその発言はどうなのかと、ナイトは憤った。
とりあえず早く解放されたかったので、ナイトはビーフジャーキーの売り場まで連れて行った。
「桃山くん、あなたはやっぱり先生をナメているザマスか……?」
「いや、あの。ナメてないです。舐めるなら、可愛い女の子の太ももがいいですし、先生はしょっぱそう……あ、いや。苦そう?」
「そのお返事も胸に突き刺さる単語でいっぱいザマスが……これは……どういうつもりザマス?」
古田教諭はビーフジャーキーを手渡され、ブルブルと震えていた。
「あれ? 違いましたっけ?」
ナイトが手渡したのは、『おいしいワンちゃんのエサ~大型犬用お得サイズ~』であった。
「先生って、どう見ても小型犬じゃーないし……あ、そうだ。先生にピッタリのアクセサリがありますよ、ほら」
そして、次にナイトは古田教諭に大型犬用の首輪を差し出した。トゲのような物が大量に突き出ている物で、攻撃的なワンちゃんのイメージがある。
「試着します?」
「するわけないザマしょ!」
古田教諭はワンと吼えた。店内の空気が振動して、ナイトは吹き飛ばされる。吹き飛ばされたナイトだったが、大和に受け止められ、止まることができた。
「あ、店長」
「ぼーやったら、こんなとこで何してんの? 雫といちごが首をなが~くして待ってるよ。って、ありゃ。古田さん!」
「柴雁さん! ああ、柴雁さん!」
古田教諭は大和の姿を見つけると、エサに群がる野犬の如く勢いで、ナイトを突き飛ばし、大和に接近した。
「本日も当店をご利用いただき、ありがとうございます。今日は何をお買い求めで?」
「ウフフ。私が欲しいものはたった一つ。あ・な・た」
古田教諭は人差し指で大和の胸をツンツンついた。
その時、唐突に店内に和やかなBGMが流れて、ナイトは即座にバックルームへ引き返した。
今日もクリンネスタイムがやってきたのだ。
「ふん。遅いぞ桃山よ。自分の復帰第一号のクリンネスタイムだと言うのに……お前がおらんのでは、始まらないではないか!」
バックルームに入ってすぐ目の前にいたのは、不機嫌全開モードの日本女児だった。
「犬神さん!」
「行くぞ、桃山。今日は、駅前の廃ビルだ」
「うん!」
ナイトと輝鈴は商品搬入口から飛び出した。そして、一直線に駅前を目指す。
「桃山……お前に言いたいことがある」
「え?」
走っている途中で、輝鈴が唐突にそう切り出してきて、ナイトは戸惑った。
「犬神家の女子は成人と同時に、婿をとらねばならん。相手の男は誰でもいいというわけではなくてな。鬼の力をその身に宿した者。それも、強力であればあるほど望ましい。先日、実家から見合いの話がきたが……断るつもりでいる。自分は……それよりも相応しい男を見つけたからな」
輝鈴は、初めて可愛らしく、女の子らしく、頬を真っ赤に染めて恥らった。
「え? それって……もしかして――」
「着いたぞ」
返事を聞く前に、ナイト達は現場に到着していた。
「結界を展開した。あとは、中に乗り込んで鬼を始末するのみ……桃山。返事はこのクリンネスタイムが終わったら、聞かせてもらおう」
「え。あ、ああ。うん」
「鬼の目にも涙」
「心を鬼にして」
ナイトは、力と自信を込めて駆け出した。
~完~




