楽しい時間、その代償
「お、ゲームあるじゃン。ガンシューティングがあるぞ……よっしゃ、ナイト、対戦しよーぜ!」
雫は嬉々として立ち上がり、ゲーム機の電源を入れ、銃型のコントローラーを構えた。
「へへ。いいよ、雫ちゃんには負けないぜ!」
ナイトも立ち上がり、銃型のコントローラーをテレビに向って構える。
起動したゲームは、『バイオクライシス』と言うゲームで、群がるゾンビを銃で撃つというものだ。
しかし、ゲームがいざ始まるというところで、雫の携帯がけたたましく鳴って、雫は舌打ちした。
「げ。店長だ。くそ、あのハゲ、空気読めよなー。ちょっと出てくるわ。輝鈴、代わりに頼む」
ハゲ。ナイトは恐ろしくなった。可愛らしい顔をして、雫は相当な毒舌家らしい。
「自分が? ……しかし、ゲームなどやったことがないぞ?」
「テキトーにやりゃいいンだよ。っと、マジうぜーな、あのタコ。はいはい、今出ますよっと」
雫は輝鈴にコントローラーを手渡すと、さっさと外に出てしまった。
輝鈴は銃型コントローラーを手渡され、物珍しそうにそれを見つめていたが、ゲームが始まると画面に視線を移した。
「いくよ、犬神さん。オレと勝負だ」
「ほざいたな、桃山。よかろう、格の違いを見せてやる。刮目せよ、この犬神輝鈴の勇姿を!」
GAMESTART! ハデなロゴが画面端から現れて、フェードアウトしていく。それを合図に、画面のいたるところからゾンビが沸いてくる。
ナイトはこのゲームが得意だった。並み居るゾンビ達を的確な射撃で打ち抜いていく。撃ち漏らしも、ムダ弾もない。
それに比べ、輝鈴の弾は一向に命中する気配を見せない。リロードしては全弾外し、リロードしては全弾外しを何度も繰り返していた。
「へへー! オレの勝ちだね!」
ナイトはほくそ笑んだ。今まで散々バカにされてきたのだ。ここで巻き返しを図ってやろうと思った。
「ぐ、バカな……ありえん。犬神輝鈴ともあろう者が……」
輝鈴は銃型のコントローラーを見て、しばし黙りこくった。
「……この得物では手になじまん。うむ」
そう言うと、懐に手を忍ばせ、別の銃型コントローラーらしき物を取り出した。
やけにリアリティがある。黒光りして、ホンモノみたいだ。けれど、どこにも端子らしき物がついていない。どうやって機械に接続するんだろう。ナイトは首をかしげた。
「ちょ、きりりんてば!?」
いちごはそれを見て、大きく目を開き、絶句した。
輝鈴の唇が歪む。
輝鈴が引き金を引くと、画面のゾンビは文字通り(・・・・)、撃ち抜かれた。銃型コントローラーから、かすかに煙が出ている。
「うむ。やはり本物は違うな。手になじむ」
輝鈴の右手に握られた拳銃が、光を受けて黒く輝く。どうやら、銃型コントローラーと思ったそれは、本物のようだった。
「ぎゃあああああ!? オレのテレビが! 部屋の壁が!? 何これ!? ていうか、何その拳銃。これゲームだよ!? 何でそんなもんぶっ放したの!」
「何だ知らんのか? トカレフTT‐33だ。軍用自動拳銃で、その歴史は――」
「違うよ! 何でそんな物持ってるの!? てか、オレのテレビ穴空いてるよ! この前買い換えたばかりだよ!? これ、保証効くの? 何て言うんだよ、もー! 『ゲーム中に間違って、本物の拳銃ぶっ放しました、てへ☆』とか可愛らしく笑って、店員さんに説明するの!?」
「ぴーぴーうるさい男だ。護身用に所持しているからに決まっているだろう? いちいち細かいことを気にするな」
ナイトは、目の前が真っ暗になった。
輝鈴は拳銃を懐に仕舞い込み、元いた自分の席に戻る。そして、あぐらをかいて頬杖をつき、いかの天ぷらを右手でつかんで、豪快に食いちぎった。
親父か、お前は。ナイトは口をあんぐり開けてそれを見ていた。
「やはり、えれきで動くからくりは好かん。桃山よ。花札や碁はないのか?」
「え、えれきって……からくりって……花札って……犬神さんは何時代の人間だよ……」
「まあまあ、ナイトくん。テレビは後でいちごちゃんがなんとか直しとくから、きりりんを許してあげてよ。きりりんってば機械オンチだから、ゲームとかやったことがないんだよねえ。携帯も持ってないし。レジの操作はなんとか覚えてくれたけど……」
「携帯だと? あんなチマチマした物を持つと、気が狂いそうになる。矢文や伝書鳩で十分だ」
今時、携帯を持たない女子高生も珍しいものである。
「花札はないけどさ、オセロやトランプならあるよ。雫ちゃんが戻ったら、今度はそれで遊ぼうよ」
「そだねー!」
「よかろう。自分はトランプ手裏剣が得意だ。どうやって遊ぶ? いかに少ない枚数で、リンゴをうまく切り裂けるか勝負というのはどうだ?」
輝鈴はふふん。と鼻を鳴らしふんぞり返っていた。
「トランプはそんな遊び方しないよ!? んもう、犬神さん……ほんとに超人だね」
「当たり前だ。自分は日本女児だからな」
「さいですか。じゃあ、大富豪でもしようか?」
「大富豪? ああー! 大貧民のことだね。関西じゃ大富豪。関東じゃ大貧民っていうらしいよ」
「あれ? そうなの? オレのばあちゃん、関西出身だから大富豪って教えられたんだよね。そうだ。ついでだし、何か賭けない? 負けたら罰ゲームとかさ」
「いいねー。盛り上がりそう! じゃあ、いちごちゃんは未開封のプラモデル~。もちろん、ロボットモノだよ♪」
「面白い。ならば、自分はこれだ」
輝鈴はフ。とわずかに唇の端を歪ませると、今度は胸元から派手な装飾の短刀を取り出した。さきほど下で健太を真っ二つにした物とは違う。
「え? そんな高そうな物賭けちゃって大丈夫? なんか、家宝とかそれっぽい物のよーな気が……」
「その通り。この短刀は我が犬神家の家宝だ。間違っても賭けるわけがなかろう」
「じゃあ、何を賭けるのさ?」
「命だ」
「……」
一瞬で明るい空気が凍りついた。
「負けた時は、これで潔く腹を切る。介錯は猿願寺。貴様に頼む」
「切腹!?」
ナイトは、マジで言ってんのかコイツ、と思った。
だいたい、切腹をする侍なんて、ナイトの中では数年前に見かけた、ギターを持った侍くらいしか心当たりがない。いや、あれはそもそも切腹していないが。
「あー。うぜえうぜえ。ようやく解放されたぜ。店長のボケ、本社のマヤちゃがデートに遅刻してるからって、俺を話し相手にすンなっつーの……うお。何だこりゃ?」
雫は、穴の空いた液晶テレビと、輝鈴の前に置かれた短刀を見て、声を上げた。
確かに、何だこりゃ。と言わざるを得ない状況である。
そして、小さな右手を左の掌にポンと乗せ、雫は閃いた。
「ああ。どうせ輝鈴がゲームでムキになって、拳銃テレビにぶっ放して壊したから、今度はトランプで遊ぶことになったけど、トランプ手裏剣を却下されて、次は大貧民でもやろうって話になって、負けたら切腹するとか言い出したんだな」
ご名答である。
「何でわかるの!?」
ナイトは、雫が超能力者ではないかと思った。
「何年こいつの幼馴染やってると思ってンだよ。あーあ、テレビに穴開いてら……おら、バカやってないでさっさと大貧民やンぞ。輝鈴、お前はさっさとその短刀しまえ。……でないと」
雫は、制服の上着にある胸ポケットに小さな手を突っ込んだ。
まさか、雫も拳銃を取り出すのだろうか。ベレッタM92とかだったらどうしよう。ナイトはちょっと期待した。
そして、それを見た輝鈴の顔が急に引きつった。すまし顔が明らかに動揺を見せている。
「携帯?」
雫が取り出したのは、何てことのない普通の携帯だ。黒くてごつい、女の子が持つより、ビジネスマン風のおっさんが持っていそうなイメージの物だ。
そして、携帯の裏面を輝鈴にかざし、白い歯を見せて悪ガキっぽく笑った。
「やめろ! それだけは……お願いだから……イヤ!」
輝鈴は涙目になると、いちごの背中に隠れた。なんだろうか? 実はあの携帯は変身ベルトのツールで、あれで変身できるのだろうか? ナイトはさらに胸をときめかせた。
「写真はダメだ! 魂を抜かれる!」
ナイトは唖然とした。そういえば、昔は写真を撮ると、魂が抜かれるだなんて迷信があったことを思い出した。
「犬神さんって……本当に平成生まれ?」
その後、ナイト達は大貧民をして遊び、解散することになった。輝鈴がビリにならず、代わりにナイトがビリになったので、切腹を勧められそうになったが、とっさに携帯のカメラをチラつかせ、その場は乗り切った。
「そういえば、君達お風呂はどうするの? 一応近くに銭湯があるけど……まさか、近くの川で水浴びとかしないよね!? オレは嬉しいけど」
「するわけがなかろう。学校に忍び込んで、体育館のシャワーを拝借しようと思っていたところだ」
「……そんなの、当直の先生とかに見つかったら大目玉だよ?」
「なに、その時は少しばかり寝てもらうだけだ。そういう桃山。貴様はどうしているのだ?」
「オレ? オレは下の……喫茶店の奥がさ、ばあちゃんの住居スペースになってんだけど、そこの風呂とトイレを貸してもらってるんだ。ちなみに、トイレはみんなの部屋にないよ。一応共用のが通路の奥にあるけど、扉が開かないんだよね」
「そうか。では、我らもそうするか。大家に頼んで入れてもらうとしよう」
輝鈴たちは立ち上がり、下に降りて行った。
ナイトは、部屋の片付けにとりかかった。けっこう散らかっている。原因は主に輝鈴のせいであったが。
「桃山」
「は、はひ!?」
いつの間に戻ってきたのか、輝鈴がナイトの部屋の入り口で腕組みをして立っていた。
「警告しておく。……見るなよ」
輝鈴はそう言い放つと、例の拳銃を取り出して、銃口をナイトに向けた。
「見ないよ! オレだって、まだ死にたくないし!」
「そうか。大家に話したら、是非にと入浴を快諾されてな。今、猿願寺が入っている。不逞の輩は見つけ次第、この犬神輝鈴が全力で排除する。無論、貴様とて容赦はしない。生きて明日の朝日を拝みたければ、愚かな考えは捨て去ることだ」
その時、輝鈴の目が一瞬鋭くなった。
「む、曲者!」
「はい?」
一瞬のことだ。ナイトに向って輝鈴の短刀が飛んできた。ナイトは身動き一つできず、その場で固まった。
「……ただの虫か。桃山、お前も気を付けることだ」
短刀はナイトのすぐ上を通過し、壁に止まっていたクモに直撃していた。輝鈴はそれを見ると、すぐに背を向けてその場を去っていく。
「オレ、これから三年間、五体満足無事に生活できるかな……」
ナイトは、テレビに空いた穴と、壁に突き刺さった短刀を見て、深い溜め息をついた。
こうしてナイトの高校生活初日、バイト初日、共同生活初日という、激動の一日が幕を閉じた。




