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1話


薄暗い王都の路地裏。

石畳を蹴る甲高い足音が、湿った夜気に吸い込まれていく。


俺――勇者ヴァルトは、前を走る黒マントの肩を掴んで強引に振り向かせた。


「待て」

「待たない!」

「待てっつってんだろ!」

「ちょっと離してよ! 私には世界を救う使命があるんだから!」


「その右手のスーパーサトーのレジ袋が使命か!?」

「これは聖なる封印具なの!」

「ただの紙袋だろ! ネギはみ出てるぞ!」


街灯の魔力光に照らされた少女――

魔王軍の調理補助ミリサは、息を切らしながら袋を抱きしめた。


「うるさいな! これでヴォルゼウス様の夕飯を美味しくするんだから!」

「お前、魔王軍のなんなの?」

「非常勤の調理補助……だけど」

「帰れ」

「なんでよ!? 覇王ヴォルゼウス様は今夜、豚汁が食べたいって言ってるの!」


……勇者の俺に言うな。


「勇者の俺が魔王軍の夕飯の心配までできるか!」

「ふっ、甘いねヴァルト。これを見てよ」


ミリサがマントを翻す。

袋の中から土の匂いが漂った。


「……こんにゃく?」

「そしてごぼう!」

「ただの買い出し帰りじゃねえか!」

「違うもん! これは魔王様から直接もらった軍資金で――」

「レシート落ちたぞ」


「……夕市タイムセールって書いてある……」

「うるさぁぁぁい!!」


ミリサは自暴自棄になり、長ネギを振り下ろした。

俺は避けたが、ネギは肩当てに直撃し、パキィィンと折れた。


「あ」

「……あ」


石畳に転がるネギの断面から、水分が失われていく。


「私の聖なるネギが……」

「どうすんだこれ。もう香り飛んでるぞ」


ネギの細胞壁が破壊され、硫化アリルが揮発していた。

このままでは豚汁の風味が死ぬ。


ミリサは泣き出した。


「うわぁぁん! ヴァルトのバカ! 味が落ちたら魔王様に八つ当たりされるんだよ!」

「なんで俺のせいだよ!」

「時給八百五十円で命懸けて買い出ししてるのに! 交通費も自腹!」

「魔王軍ブラックすぎるだろ!」


俺はため息をつき、聖剣を抜いた。


「ひっ!? 調理補助の命まで奪う気!?」

「黙ってろ」


聖剣の切っ先をネギの断面に向ける。


「聖刃・封振摩擦(ソニックフリクション)

キィィィン――

超音波振動による分子摩擦加熱。

断面のタンパク質を瞬間凝固させ、水分と香りを封じ込める。


「……な、なんだ今の魔法……」

「応急処置だ。食感は落ちる。新しいのを買うのが一番だ」 「本当!? なら急ごうよ!」

「なんで勇者の俺が魔王軍のパシリやってんだよ!」

「タイムセールは八時半まで! あと十分!」


……仕方ねえ。


「豚バラ肉も追加ね! 勇者の奢りで!」

「確信犯だろ!!」


俺たちは路地を抜け、大通りへと駆け出した。



◆スーパーサトー 野菜コーナー


「ネギ……あった! 最後の一本!」


俺が手を伸ばした瞬間、横からしわくちゃの手が掴んだ。


「…………」

「…………」


「ダリア婆さん……俺が先に」

「世知辛いねえ。若者が年寄りのネギを奪うなんて」

「奪ってない! 握力強すぎだろ! 魔力強化入ってないか!?」

「ヴォルゼウス様はネギたっぷりの湯豆腐が好きなのよ」

「婆さんも魔王軍かよ!」

「パートの清掃員さね。勤続五年、時給九百円」

「ミリサより高いじゃねえか!」


ネギを引っ張り合う二人。

このままでは維管束が潰れてエグみが出る。


俺は聖剣の柄に手をかけた。


「婆さん、力任せに引くな。ネギが死ぬ」

「どうする気だい?」

「――聖刃・分子断裂(モル・スラッシュ)!」


一閃。

細胞を潰さず、分子間結合だけを断つ究極の斬撃。


ネギは完璧な断面で二等分された。


「白い根元は湯豆腐に。青い部分は豚汁に最適だ」

「……見事だよ。譲ってやるさね。」


ミリサは青いネギを抱きしめ、頬を染めた。


「あんた……なんでそこまで敵の夕飯に肩入れするの?」

「実家が定食屋でな。食材の無駄と、腹を空かせた奴を放置できねえ性分なんだよ」


俺は精肉コーナーへ向かう。


「ごま油も買い足していい!?」

「お前の自腹ならな!」

「魔王軍は経費で落ちないんだってば!」


夜の冷気が二人を包む。

王都の石畳を、勇者と魔王軍の端くれが特売品を抱えて駆け抜けていく。



◆同じ頃、魔王城


暗雲渦巻く玉座の間。

覇王ヴォルゼウスは空のお椀を撫でながら、静かに腹を鳴らしていた。


「……豚汁……まだか……」

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