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終末工場日記  作者: 黒猫の凜


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41/41

ハナの記録㊲ 私の知ってるハハ、知らないハハ——

「久しぶり…ハナちゃん」



私は、その声が本当にハハから発されたものなのか、判断がつかなかった。

それほどに、いつもの面影が感じられない消え入りそうな声———


私は、あまりの変化に言葉を失い、呆然とハハを見つめていた…

そのせいか、ゆっくりと近付くハハの手に、何が握られているのかを——



“それ”が振りかざされるまで気付かなかった。



ハハの手には、小振りのハンマーが握られていた———

作業でも使用するものだ。

扉の側で浮かべていた微かな笑みは、既に消えていた——




「ごめんね…ハナちゃん……」




————私は、壊されようとしている。

その理由は見当も付かない。

なのに、ただ呆然と、振り上げられたハンマーを見つめていた。


その間、とても時間の感覚が曖昧で…

一瞬だったのか、数十秒は経っていたのか、今となっては分からない。




そんな不思議な感覚は、ハハの手の震えを感じ取ると、少しずつ引いていった……

その代わりに、恐怖と心配の気持ちが強くなる——




いつの間にか、お互いの目が合っていた———

ハハの瞳は本当に綺麗で…

こんな状況なのに見惚れてしまっていた。



その瞳がかすかに揺らいだ後、

ハハはゆっくりと………手を降ろした。




——その後、ハハは何かを確かめるように、手の中にあるハンマーを見つめていた。


私は何も言わず、何もできなかった——

ハハの思考を邪魔したくなかったのか、かける言葉が見つからなかったのか……





やがて、ハハはそのハンマーをそっとベッドの端に置いた———





「やーめた!……ごめんね、ハナちゃん」


「えっと………」


「今の“ごめんね”は、怖がらせちゃった事への謝罪だよ」


「うん…いや、そうじゃなくて……」


「あっ…理由だよね。うん、全部話すよ。そう決めた…」





そう言いながら、ハハはベッド脇の椅子に腰を下ろした。

口調は声のトーンはいつもの様子に近付いたけど、それが形だけなのは聞かなくても分かった……





「ごめんね…多分、一方的に話すことになっちゃうけど…」


「うん…いいよ」


「5年くらい前かな、ハナちゃんとハロが今の作業場に異動になったでしょ…?

最初は、作業の間はルームメイトが離れ離れになっちゃうのがちょっと寂しいなーって…そんな気持ちだった。

でも、それまでハナちゃんをからかってばかりだったハクが、段々わたしに構ってくれるようになってね……

日中はハナちゃんと物理的に離れてるんだから、あくまで代わりだったのかもしれないけど…

わたしは、それが凄く嬉しかったんだー」


「うん……」


「でね、ちょっとずつ独占欲みたいなのが出てきて…

朝晩も構って貰えるように、ハクが喜びそうなオーバーなリアクションを取るようになっていったの。

もうここ数年は、それが普通のわたしになっちゃってたけど…」


「そう…だったんだ」



改めてそう言われると、昔のハハは今よりもずっと落ち着いていたように思える……

変化が少しずつだったからか、なんの違和感も抱いていなかったけど——



「いつの間にかね、ハクが構ってくれる時だけ世界に色が付いていて…

それが、わたしの生きる意味になってた。

そんな時、目の前で見ちゃったんだ——ハクが殴り飛ばされるところ……」


「…………」


「あまりの衝撃に、これまでの思考回路から外れて、溝に落ちて抜け出せなくなっちゃった……みたいな?

あの日から、ずっと心がざわついて…

いつものわたしじゃいられなくなっちゃった……」


「ごめん………」


「でもね、あの日はハナちゃんも様子がおかしかったし……

そう思って、納得しようとしてたんだけど……

———ハクがね、あれ以来ずっとハナちゃんの話をするの。

“よかったね、仲直りできたんだね”って……

そう言ったけどさ、気付いちゃったんだー…」


「……」


「——このままハクとハナちゃんの関係が改善したら、ハクはわたしよりもハナちゃんを構うようになる。

これは思い込みじゃないよ?

わたし、ハクのことはよく知ってるんだから…」


「………」


「ハクは昔からハナちゃんに惹かれてる。

これまではハナちゃんから距離を取ってたから、ハクも加減してたけど……

関係が良くなれば、いよいよわたしはお役御免だよ。

きっと、ハナちゃんとの時間に満足して、わたしを構う時間や熱量は減る」


「…………」


「ハクがハナちゃんに惹かれる理由は分かるよ…

わたし達の世代で、ハナちゃんだけが特別。

なにがっていうと難しいけど、ずっと感じてきた——

だからね、わたしじゃ勝ち目なんか無いんだよ……

———気が付いたら、“それ”を握ってた。

でも、できなかったよ……

わたしは、ハナちゃんのことが嫌いなわけじゃないから…

生きる理由を失うのが怖かっただけだから———」



———何も言えなかった。

ハハがこんな気持ちを抱えてたなんて知らなかった。

私が特別だと思われてたなんて知らなかった。


浮かんだのは、先日の主任との会話……

“私には、人間の意識が入っている”——


でも、それをハハに伝えても、きっと何も解決しない。

逆に、違いを突き付けることになって、余計に傷付けることになるかもしれない。


ハハは正直に話してくれた。

なのに、私はこんなにも無力で……

かける言葉さえ見つけられなかった———





………


……






「あーもう辛気臭い…!ずっと心配してたのに、そんなこと思ってたわけ??」




突然響いたハクの声に、私もハハも、思わず口が開いたままになっていた——



「ハク…なんで…」


「なんでもどーしてもないよ!ハハってばハンマー持ってふらふら歩いてるんだもん。

そりゃ心配になるでしょ〜。悪いとは思ったけど、外で全部聴いてたよ♪

ホントに殴るんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから〜…」


「ごめんなさい………」


「それで〜?あたしがハナちゃんに夢中になって、もう構ってもらえなくなるって思ったの??

ハハってそんなにあたしのこと好きだったんだ〜♪

これは、からかいがいのあるネタを見つけちゃったな〜♪♪」


「…………」


「どうしたの〜?うつむいちゃって♪」


「謝るから……!からかわないで……」


「え〜??からかわれたかったんじゃないの?

キャラまで作っちゃってさ♪

でも、はっきり言うけど〜…

今の素のハハの方があたしは好きだよ♪♪」



恥ずかしさに耐えられなくなったのか、ハハは顔を両手で覆ってしまっている……

さっきまでの重苦しい空気は、そこにはもう無かった——


私が呆気に取られてる間に、ハクがぐいぐいとハハに迫って……

あっという間に主導権を握ってしまった———



「じゃあ、ハハが素直になった記念ってことで〜…

このハンマーは部屋に飾ることにしよっか♪」


「そ、それは……」


「もう全部吐いちゃったんだから、今更気にしちゃダメだよ〜♪

それと、あたしの事が好きなら、これからは素直なハハを見せてね♪♪」


「…………うん。」



———ハクって、凄い。


素直に尊敬してしまった。

もちろん、私の立場ではどうしようもなかったかもしれないけど…


でも、もしも私がハクの立場だったら…

こんな風に懐に飛び込んで、心を溶かしてあげられただろうか……?




……




——その後、ハハは何度も私に謝ってくれた。

私も、ハクを殴った件で間接的にハハを傷付けたことを謝った。

お互いに謝罪が止まらなくなりそうなところで…



「はい、これでおあいこね〜♪」



ハクがそう言って、場を収めてくれた。

こうして、あいだを取り持つハクの姿は、なんだか新鮮だった……




……




ハハとハクが部屋を去った後も、私はしばらく扉を見つめていた——


ハハも、ハクも…

みんな、こうして悩んで、考えて、変化して…

当たり前のことなのに、本当の意味で分かってはいなかったかもしれない。



さっき、人間の意識が入ってることを思い出して、ハハとの距離が凄く離れたように感じた——


——でも、私が間違ってた。

人間の意識が入ってても、入ってなくても、何も変わらない。


ハハは私のことを特別だって言ったけど、そんなことない。

ハハにとってはハクだって特別な存在なんだろうし、私にとってはハロが特別な存在だ。

誰だって誰かの特別になることがある。

そう思うと、人間の意識の話なんてどうでもよく感じた。


レイ主任に、「お前はハナだ」って言ってもらったのに…

どうやら、心のどこかでは、まだ人間だった頃の自分を気にしてたらしい——



今日は、ハハとは全然話せなかった。

だから今度は色んなことを話してみたいな……

そして、本当のハハを知りたい。


明るくて元気なハハじゃなくて、寂しがり屋で繊細なハハと、ちゃんと仲良くなりたい。

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