ハナの記録⑩ 七不思議とエージェント
今日の私は、いつもより知的だ。
こころなしか背も伸びた気がする。
ククちゃんに捨てられた眼鏡を装着し、颯爽と部屋を出る———。
先日、私は主任の絶大な信頼を受け、ククちゃんを見守るエージェントに抜擢された。
いや、ククちゃんが私の隣に来た時から既に抜擢されていたのだ。
この眼鏡は、そんなエージェントな私にピッタリだ。
……
作業場に着くと、朝から数人が集まって話し込んでいた。
ハロにククちゃん、ロコ先輩。
聞き耳を立ててみると、七不思議について話しているようだ。
そう…この工場には七不思議がある。
存在しないはずの100番目の機械ユニットとか、工場内で迷わせる白い猫の幽霊とか。
その中でも信憑性が高いのが、稼働効率が2倍になる休眠装置だ。
これは、立入禁止の第3倉庫にある休眠装置にまつわるもので、ここで充電すると普段の2倍長く稼働できるというものだ。
おまけに運も良くなるらしい。
その噂を聞いたククちゃんが、今日の作業後にも行動を起こしそうなのだ。
要するにこの集まりは、ククちゃんを止める会だ。
「ハロ先輩とロコお姉様は興味ないの??」
いつの間にか、お姉ちゃん呼びがお姉様呼びに変わっているが、今問題なのはそこではない。
このままではククちゃんは確実に第3倉庫に忍び込む。
エージェントとして放ってはおけない。
ロコ先輩も、ククちゃんを諭しているようだ。
「ククちゃん、仮にそこで夜休眠して、朝から2倍の時間稼働できたとするでしょ?
その日の夜は充電無しで動けるだろうけど、その次の朝か昼前には、また充電しなくちゃいけないんだよ?」
なるほど、そう言われると確かに、2倍稼働できるメリットがそんなに無い。
というか、生活のリズムに合っていない。
「でも、2倍稼働できるんだよ?だから次の日も大丈夫だよ」
「………」
ククちゃんは確かに最後に作られた。
当然、機能は最新のものが搭載されている。
だが、それと頭の良さは別の問題だったらしい…。
「それに、ロコお姉様って60番台でしょ?私より3世代も前じゃん…だからバッテリー性能も違うし…」
まずい……ロコ先輩の笑顔が引きつっている。
ロコ先輩が怒ったところを見たことはないが、私はその時、怒らせてはいけない何かを感じとった。
故に、とっさに割って入る。
「えっとね、ククちゃん。ロコ先輩が言いたいのは、私達は作業の時間が決まってるから、稼働時間が延びてもあんまり意味が無いってことだよ」
「でも2倍だから2日に1回の充電でよくなるんだもん」
「………」
その後の休憩時間でも、噛み砕いて説明してみたけれど…
結局ククちゃんを止めることはできなかった。
……
次の日、ククちゃんは得意気な顔で七不思議の休眠装置を見つけたと語った。
こころなしか顔がツヤツヤしている。
ククちゃんはやたら元気に作業をこなし、その夜は休眠することなく工場中を探検したらしい。
…そして翌朝、私が作業場に行くと、入り口で誰かが大の字で倒れていた。
確認するまでもない、充電切れのククちゃんだった。
分かっていた…
こうなることは分かっていたが、それでもククちゃんの猛進を止めることはできなかったのだ。
私はそっと眼鏡を外し、ククちゃんを部屋に運んだ。
経緯をつつみ隠さず主任に報告しよう。
そして、エージェントを降りよう。




