8、どうしてこんなことに
翌朝、私の必死の祈りも虚しく、医師の診断は残酷なものだった。
「ひどい火傷です。これでは二度と筆を握ることはできません。それどころか、日常生活でも支障が出るでしょう」
目の前が真っ白になり、息が止まりそうになった。
私の横で父が医師に問いかける。
「どうにかならないのか? レイラにはまだ仕事の依頼が山ほどあるんだ。絵が描けなければ仕事にならない」
しかし、医師の返答は冷たいものだった。
「無理でしょう。しかもこれは、ただの火傷ではありません。特殊な薬品によるもので、通常の治療では回復できません」
「どういうことだ?」
「こちらがお嬢様の机の上に置かれていた薬品です。おそらく手にかかったのでしょう」
医師が手に持つ瓶は、見たこともないものだった。
「とりあえず塗り薬を出しておきますが、効果はほとんど期待できません」
「なんてことだ。仕事はどうするんだ?」
「伯爵、そんなことよりも、これは違法薬物です。このことが世間に知れたら……」
「何だと? なぜそんなものがうちに……」
「私は何も見なかったことにしますゆえ、処分されたほうがよろしいかと」
「誰にも言うなよ」
「承知しております。それに、違法薬物をお持ちの貴族はそれほどめずらしくもないので」
医師はそう言い残して部屋を出ていった。
使用人たちも、手当てを済ませるとそそくさと立ち去る。
父とふたりきりになった私は、震える声で告げた。
「セリスだわ……だって、昨日私の部屋に入ったのは、セリスだけだもの」
すると、父は怒りに満ちた表情で私を睨んだ。
「黙れ。お前は自分の罪をセリスのせいにするのか!」
「違います。本当に……」
「卑怯な性格は母親譲りだな。お前には心底見損なった。お前はもう、この家には必要ない」
「……お父様」
「いいか? このことは誰にも言うな。この薬物のことが世間に知られたらお前が捕まるのだからな」
「そんなっ……私は何も知りません。お父様……」
「うるさい! 伯爵家の恥さらしめ!」
父の突き放すような声が、私の胸を深く貫く。
涙を流す私には目もくれず、父は勢いよく扉を閉めて出ていった。
いったい何が起こったのか、頭が混乱して呼吸が乱れた。
けれど、たった一つわかることがある。
父にとって私はただ利用できるだけの駒にすぎなかったのだと。
役に立たない駒は捨てて、新しい駒を手に入れればいいだけ。
セリスが、私の代わりに絵を描いている。
だから、父はもう私のことなどどうでもいいのだ。
利用価値のなくなった私は捨てられる。
恐れていたことが、ついに現実となったのだ。
その後、私は父より年上のベルン男爵に嫁がされることになった。




