7、他には何もいらないのに
その夜、私は泥のように眠った。
眠りは深く、けれど安らぎはなくて、悪夢の中に引きずり込まれるようだった。
夢の中で、私の描いた絵が次々と人々から批判される。
「こんなものは価値がない」と冷笑され、キャンバスが裂かれる。
床に滴り落ちる絵の具がまるで、私の涙のようだった。
そしてシーンが切り替わり、目の前には結婚式の光景が広がった。
純白のドレスに包まれたセリスが、幸せな笑顔を浮かべている。
そのとなりでアベリオが一瞬だけ私を冷ややかに見つめて、すぐに表情を和らげるとセリスに優しく微笑みかけた。
周囲から祝福の声と拍手が響きわたる。
まるで私だけこの世界から切り離されてしまったかのようだ。
「どうして、なぜ……私がこんな屈辱を受けなければならないの?」
涙が止まらない。
声にならない叫びが胸の奥で震える。
ああ、これはきっと、私の未来なんだわ。
それでも、私には絵画がある。
どれだけ世間から否定されても、キャンバスに向かっているときだけは自分の居場所を感じられる。
食事や睡眠を削ってもかまわない。誰とも話せなくたっていい。
ただ、この手を動かせるなら、それだけで私は生きていける。
誰に何を言われようと、この右手さえあれば――
そう思っていたのに、夢の中で、その右手が焼けつくような激痛に襲われた。
「ううっ……痛い……痛い……!」
必死に手を握りしめ、抑えようとする。けれど痛みは容赦なく広がり、ますます激しくなるばかり。
「誰か……たすけ……」
声がかすれてうまく出ない。体も思うように動かない。
暗闇の中で、逃げたくても逃げられない。
眠りから覚めないまま、右手だけが悲鳴を上げている。
早く、医者に診てもらわなければ――
長時間の苦痛に悶え、ようやく目覚めたのは明け方だった。
全身が鉛のように重く、意識はぼんやりしている。けれど真っ先に視線が向かったのは右手だった。
その瞬間、私は思わず絶叫した。
「きゃあああっ!」
右手は赤く腫れ上がり、皮膚が爛れて出血している。
膨れ上がった手のひらは、まるで異形のものに変わり果てていた。
「いやああっ……どうして……どうしてこんな……!」
狼狽えながらベッドを飛び降りた瞬間、力の入らない足がもつれて床に崩れ落ちた。
立ち上がろうとしても膝は震え、体はまるで自分のものではないかのように言うことをきかない。
ふらつく足でどうにか部屋を飛び出すと、私の声を聞きつけた使用人が駆け寄ってきた。
私はその胸にしがみつき、震える声で必死に訴える。
「助けて! 医者を呼んでちょうだい! 手が……私の手が……!」
「ひっ……火傷ですか? 少々、お待ちを……すぐに」
使用人は青ざめた顔で慌しく駆けていった。
私は廊下に座り込み、右手を何度も確かめる。
赤く膨れ上がった手のひらは、もはや自分のものとは思えない化け物のようだ。
血が滴り落ちて床を濡らしていく。
「お願い……お願い……これは夢だって、誰か言って……もう、私には希望なんて残されていないの……私にとってこの手がすべてなのに……」
涙が頬を伝い、床に落ちる。
私は必死に祈った。
他には何もいらない。どうか、どうか私の右手だけは――




