5、信じていたのに
なぜ、セリスは私が遊び歩いているなんて嘘をついたのだろう?
そんな嘘をついてまで、アベリオと一緒になりたかったの?
いつからアベリオを好きになっていたの?
そんな素ぶりは一度も見せなかったのに、私が気づいていなかっただけなの?
父も、そのことを知っているのだろうか。
だから、私をアベリオに会わせないようにしたのかしら。
父は昔から、セリスが可愛いと、彼女が欲しいものは何でも与えてきた。
たとえそれが、私の大切なものであっても――
それでも、セリスを疎ましく思うことはなかった。
なぜなら、身近に親しく話せる友だちが私にはいなかったから。
私にはセリスしかいなかった。
聖絵師見習いで神殿にいたときも、貴族学院へ通っていたときも、セリスがずっとそばにいて私に笑顔を向けてくれていたから、私はどんな辛いことも乗り越えられてきた。
セリスが私のものを欲しがっても、だいたいあげられるものは与えてあげた。
だけど、まさか婚約者まで欲しがるとは、想像もしなかった。
怒りというよりもショックのほうが大きい。
仕事の依頼がたくさん残っている。
絵を描かなきゃいけないのに、気持ちが乗らない。
私たち聖絵師は人々に癒やしを与える絵を描く。
こんな鬱々とした気持ちで描けるわけもなく、手を進めることができなかった。
やがて夜になり、広いキャンバスの前でじっと座ったままでいると、扉がゆっくりと開いて明るい光が射し込んできた。
「まあ、こんなに暗い中で何をしているの? これでは絵が描けないでしょう?」
その声にどきりとした。
振り返るとそこにはセリスが立っていた。
私が目を見開いて彼女を凝視しているあいだ、彼女は勝手に部屋へ入ってきて、手にしたランタンをテーブルに置いた。
そして、何食わぬ顔で私に話しかけてきたのだ。
「今日ね、行商さんに素敵な香りの香水をいただいたの。レイラにも分けてあげようと思って持ってきたわ。このあいだのお茶会でね、香水の話になったのだけど、私はやっぱりハーブ入りのローズの香りが一番だと思っているのよ。ちょうど行商が持っていたの。本当にラッキーだったわ」
私はただ、驚愕のあまり放心状態だった。
セリスはまるで何事もなかったかのように、いつも通り振る舞っている。
まさか、私がいつもみたいに笑顔でありがとうと言うと思っているのだろうか。
私が黙ったままでいると、セリスは困惑の表情をした。
いつもみたいなちょっと上目遣いの顔で。
「レイラ、気持ちはわかるわ。落ち込んじゃうわよね。でも、アベリオは私を選んだの。だから」
「やめて!」
思わず叫んでしまった。
レイラは目を丸くして黙る。
もう無理。耐えられない。感情が爆発しそう。
「何が、私の気持ちはわかるの? 落ち込む? 当たり前なことを口にしないでちょうだい。アベリオがあなたを選んだ? 意味がわからないわ。あなたが私とアベリオを別れさせようとしたんじゃないの!」
声を荒げる私とは対照的に、セリスの表情は穏やかで落ち着いている。
彼女は小さく嘆息し、私にまるで同情するかのような目を向けた。
「レイラ、これには事情があるのよ」
「どんな事情があるというの?」
「そんなに声を上げないで。落ち着いてちょうだい」
「落ち着けるわけがないでしょう? 仕事もしないで遊び歩いているなんて言われて」
「そう言わなければならない理由があったのよ」
「いったいどんな理由があるっていうの?」
セリスの視線がまっさらなキャンバスに向けられる。
彼女は深いため息をついて言った。
「あなたの絵、最近評判が悪いのよ」
「え……?」
唐突にそう言われて、頭が真っ白になった。
セリスは硬直する私に淡々と告げる。
「実はね、あなたの絵は一度納品されるのだけど、返品されているの。前よりも魅力がなくなってて、癒やし効果も激減しているのよ」
体が硬直する。
視界の奥でセリスの表情が優しく同情するように見える。
しかしその表情は、私の心に深い傷を刻むだけ。




