49、恥をかかせてやるわ(セリス)
レイラも、あの公爵も、絶対に許さない。
そもそもレイラはあの日異国に売り飛ばされたはずなのよ。
どうして戻ってきてるのよ。
やっと私が輝けるときが来たというのに、あの子が戻ったらまた私の邪魔をするに決まっているわ。
苛立ちが止まらない。あのふたりの顔が、何度も何度も頭に浮かんで離れない。
「私を見下したことを後悔させてやるわ」
誰もいないゲストルームに駆け込み、ドアを荒々しく閉めた。
鏡の中の私は涙で化粧が崩れ、目が赤く腫れている。
これは悔し涙よ。
だけど、これは利用できるわね。
テーブルの上に置かれていた果物ナイフを掴み、ためらいもなくドレスの裾を裂いた。
絹が裂ける甲高い音が響く。
さらに、グラスに残っていたワインを手に取り、自分の胸元めがけてぶちまけた。
真紅の染みが、まるで血のように広がっていく。
「ふふっ……これでいいわ」
ぐしゃりと髪を乱し、片方のイヤリングを外して床に落とす。
そして、息を整えると私は“被害者”の顔を作った。
よろける足取りで、パーティ会場へ続く廊下を歩く。
わざと転びそうになりながら、周囲の視線を引きつけていった。
「まあ、スレイド令嬢……そのお姿は?」
「ドレスが破れているわ!」
「ワインのシミまで……一体、何があったの?」
ざわめきが広がっていく。
私は俯き、涙ぐみながら震え声を洩らした。
「少し……従姉とトラブルがありまして……」
「従姉って、レイラのこと?」
「ええ……ノルディーン公爵と、どうやら愛人関係にあるみたいです。でも、レイラはつい最近も婚約者を裏切ったでしょう? だから心配になって、公爵様にそのことをお伝えしたんです。そしたら、彼が激怒して……」
頬を伝う涙を指先で拭うと、女たちのざわめきが上がった。
「まあ、なんてこと!」
「やっぱりレイラは悪女だったのね」
「公爵様も、きっと騙されているのよ」
ふふっ、女の噂が広まるのは早いのよ。
これでレイラの信用は地に落ちる。
ついでに公爵も、悪女に騙された哀れな男として噂になるはず。
私を見下した報いを受けるといいわ。
「セリス、何をしているんだ?」
ざわめきの中から、アベリオの低い声が響いた。
振り返ると、彼は険しい顔でこちらへ歩いてきた。
もうアベリオには興味なんてない。
でも、今だけは利用してあげる。
「アベリオ! 見て、酷いでしょう? レイラにやられたのよ」
そう訴える私に、彼は冷ややかに言い放った。
「それは、君がわざとやったんだろう?」
その一言に、空気が凍りつく。
「え……?」
「自作自演ってこと?」
「どういう意味なの?」
さっきまで同情の眼差しを向けていた人々が、次々と疑惑の声を上げ始めた。
「何を言っているの? アベリオ。私はレイラにやられたのよ。あなたも彼女に裏切られたでしょう?」
「もう君の嘘には騙されないよ、セリス。君はレイラの髪型をして夜に遊び歩いていただろう? そのせいで僕はレイラを失うことになった。君のことを許せない」
「アベリオったら、冗談はやめて……みんなが見ているわ」
こんなところで変なこと言わないでよ!
これじゃ私の信用が失われるじゃないの!
周囲がざわつく。
人々の視線が、同情から疑念へと変わっていくのがわかる。
まずい、どうにかしなくちゃ。そう思ったそのとき――
「カルベラ国の元王女、エレノア・ハルトマン様のご登場です!」
会場内に高らかな声が響いた。
思わず息を呑む。
でも、すぐにひらめいた。これはチャンスだわ。
聖絵師の本場のカルベラ国と繋がりを持てば、私はもっと輝ける。
第3王子殿下も私を認めているし、王子の伝手で王族との縁を築けるかもしれない。
そうなれば、縁談の話なんていくらでも舞い込んでくる。
アベリオなんて、もう用済みよ。
ちらりとアベリオを見ると、彼は真顔のまま冷たい目で私を見ていた。
何よ、その目。
全部私のせいだって言いたいの? ふざけないで。
パーティ会場の赤い絨毯が敷かれた階段上に、ドレスをまとった老齢の女が姿を現した。
その瞬間、会場の空気が一変した。
「まあ、あれがエレノア元王女殿下なの?」
「お美しい。とてもご高齢には見えないわ」
「立ち居振る舞いがまるで現役の王女のようね」
たしかに気品に満ちていて、少しも隙がない。
でも、怖くないわ。
私はこの国で一番の聖絵師だもの。
レイラが戻ってきても、あの子は絵が描ける手じゃないから、今さらライバルにもならないわね。
私は群衆をかき分けて、最前列へと躍り出た。
エレノア元王女の目の前に。
きっとサムエル王子が私を彼女に紹介するはずよ。
そのときに私のこの格好を見てきっと誰にやられたのか彼は問うわ。
私は従姉とのトラブルだと告げるの。
この会場内で一気にレイラの信用を失墜させることができる。
その上、カルベラ国にまでレイラの悪い噂を流すことができるわ。
さあ、王子。早く私を――
「実は、この場にエレノア様の孫娘がいらっしゃる。ぜひ皆に紹介したい」
そんなことどうでもいいから、早く私を紹介しなさいよ!
苛立ちを抑えながら、王子の言葉に耳を傾けると、彼は耳を疑うようなことを言い放った。
「レイラ・ハルトマンだ」
は……?
王子に紹介されて階段上に登場したのは、レイラだった。
意味がわからず、しばらく頭が真っ白になった。
会場内もどよめきが広がっていく。
「あの子ってスレイド家の令嬢ではなかったの?」
「行方不明と聞いていたが」
「私は不正を働いて逃げたって噂を聞いたけど……」
周囲の声など、もう私の耳には届かなかった。
ただ、目の前の現実を受け入れることができない。
レイラが、カルベラ国元王女の孫ですって?




