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すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~  作者: 水川サキ


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48/57

48、もう逃げたりしないわ

 私がハルトマン侯爵とともにエリオスのもとへ向かっていると、遠くから怒号が聞こえてきた。

 ざわめきが広がり、周囲の人々がそちらに視線を向けている。


 その視線の先にいたのは、エリオスとセリスだった。

 ふたりのあいだに、ただならぬ空気が漂っている。

 嫌な予感が走り、私は思わず駆け出した。


 ほどなくして、セリスが甲高い声で何かを叫び、踵を鳴らして去っていく。

 残されたのは、静かに立ち尽くすエリオスの姿だけだった。



「エリオス、大丈夫? 何かあったの?」

「……レイラか。ああ、大丈夫だ。よかった、戻ってきてくれて」


 いつもの穏やかな声。

 けれど、その表情の奥にかすかな怒りと戸惑いが浮かんでいる。


「ごめんなさい。少しトラブルがあったの。でも、ハルトマン様が助けてくださったから」

「そうか。侯爵殿、感謝します」


 エリオスが丁寧に会釈すると、ハルトマン侯爵はやわらかく微笑んだ。


「セリスに、何か言われたの?」

「たいしたことじゃないさ。少し牽制したら、逃げていったよ」


 軽く笑ってみせるエリオスの横顔を見つめながら、胸の奥が締めつけられた。

 その笑顔の裏に、彼がどれほど不快な思いをしたのか、考えるだけで胸が痛んだ。



 そのあと、私たちはハルトマン侯爵に案内され、エレノア様のいらっしゃる貴賓室へ通された。

 部屋にはすでにエレノア様とカレンが待機しており、扉を開けた瞬間、エレノア様が私を見るなり小さく声をあげ、急いでこちらへ駆け寄ってきた。


「レイラ、会いたかったわ」

「私もです、おばあ様。今日はとても素敵ですね」

「ふふ、着飾るのは久しぶりよ」


 エレノア様はまるで本物の王女のように気品あふれる装いだった。

 淡い薔薇色のドレスに繊細な刺繍が施され、胸もとには深紅の宝石が輝いている。その姿は年齢を感じさせないほど美しく、私は思わず見とれてしまった。


 カレンとも丁寧に挨拶を交わし、ひとときの穏やかな談笑が続いた。


「息子たちも会いたがっていたわ。また顔を見せに来て」

「はい、ぜひ伺います」


 そんな和やかな雰囲気の中、ふと話題は私とエリオスの縁談へと移っていった。



「もうお嫁に行ってしまうの? 寂しいわ」


 エレノア様の言葉に、そのとなりでハルトマン侯爵が穏やかに笑って答えた。


「レイラの幸せを思えば自然な流れだよ」

「そうだけど、たまには顔を見せてちょうだいね」


 私は微笑みながら「はい」と返した。



 ハルトマン侯爵は、先ほど私とエリオスが絡まれていた件を、落ち着いた口調でエレノア様に報告した。

 彼の話を聞き終えたあと、侯爵は少し考えるように顎へ手を添え、そして穏やかに言った。


「せっかくの機会だから、ここでレイラの立場をきちんと示しておくのはどうだろう?」


 その提案に、エレノア様は静かに目を閉じ、短い沈黙のあと小さく頷いた。


「そうね。レイラは大切な家族だもの。ここできちんと私たちが守らなければならないわ」


 それはつまり、会場にいる全員の前で私がハルトマン家の一員であることを証明するということ。

 そのありがたい申し出に私は心から礼を言い、その提案を受け入れた。



 ちょうどそのとき、扉の外から控えめなノックの音が響いた。


「第3王子殿下がお見えです」


 侍従の声に、場の空気がぴんと張り詰める。

 扉が静かに開かれ、金髪を優雅に揺らしながら、サムエル王子が穏やかな笑みを浮かべて入室した。


「実は今夜、皆の前で聖絵師(オーラリスト)としてレイラを紹介しようと思っている。どうかな?」


 その言葉に、場が一瞬静まり返った。

 私が答える前に、王子はさらに続けた。


「我が国もこれから聖絵師の育成に力を入れるつもりだ。その先駆けとして、レイラを皆に紹介したい。君がよければの話だが」


 突然の申し出に、私は息をのんだ。

 光の絵を描くことは誇示するものではないと思っているから。

 けれど、この国のためにできることがあるのなら、それを拒絶するつもりはないし、何より王子殿下の真摯な願いを拒む理由もない。


「はい、構いません」

「絵を披露してもらうことも可能かな?」

「月が出ていれば描けます」

「そうか。ありがとう」


 王子の穏やかな声に、少しだけ胸の緊張がほどける。

 だが同時に、これからの舞台を思うと鼓動が高鳴った。


 パーティ会場にはセリスとアベリオ、そして父もいる。

 だけど、もう逃げたくないから、今の私を堂々と見てもらうことにしようと思った。


 沈黙する私の肩に、エレノア様の温かい手が触れた。


「何も心配しなくていいわ。だってここには、あなたの味方がこんなにいるのだから」


 顔を上げると、ハルトマン侯爵、カレン、エレノア様、そしてエリオスが微笑んでいた。


 その光景に胸が熱くなる。

 スレイド家を出ることになったあの頃とはあまりに違うものだから。


 絶望に打ちひしがれていたあのときには、到底考えられないことだった。


「はい」


 笑顔でそう答えると、私は彼らとともに再びパーティ会場へ向かった。



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