36、本当の家族になった日
あの夜から、私は光の絵を描くコツを掴んだ。
ハルトマン侯爵の計らいで、この絵の依頼を少しずつ受けるようになった。
光の絵は一晩だけ、ほんの一瞬しか描けないのに、依頼はたくさん来るようになり、私は瞬く間に忙しくなってしまった。
移動中の馬車の中でエリオスにもたれかかって眠ることもあった。
そんなとき、彼はそっと肩を貸してくれた。
「ごめんなさい。また寝ちゃったわ」
「眠れるときに休んでおけばいい。いくらでも肩を貸すよ」
「ふふっ、ありがとう」
彼とこうしてわずかな時間でも一緒にいられるだけで幸せだった。
「あなたがあの日の夜、絵を描いてほしいと言ってくれたから、私はこうして気力を取り戻すことができたわ」
するとエリオスはふっと笑った。
「君が無理だと言ったのに、俺がわがままを押し通したようなものだ。それで礼を言われるなんて思っていなかった。でも、君はずいぶん明るくなった。それは本当に嬉しく思うよ」
「ありがとう」
私はまた眠くなってしまって、エリオスに寄りかかった。
そうしたら、彼はそっと私の肩を抱いてくれた。
その手がとても心地よかった。
そして、ついに私の出生がはっきりする日がやって来た。
私はその日、エレノア様とカレンと3人でお茶の時間を楽しんでいた。
ふたりは私にスヴェンとの思い出やカルベラ国のことをよく聞かせてくれた。
そんな穏やかな時間が流れていた矢先に、扉が慌ただしく開き、ハルトマン侯爵が息を切らして飛び込んできた。
その背後からエリオスも続いた。
侯爵は私たちに向かって声高に私の名を呼んだ。
「レイラ!」
エレノア様は眉をひそめて訊ねる。
「何事ですか? せっかくのお茶の時間が台無しですよ」
「ああ、ごめん。母さん、落ち着いてくれ。緊急なんだ」
「落ち着くのはあなたです」
エレノア様がぴしゃりと言うと、侯爵は息を整えながら私へ目を向けた。
そして、彼は強い口調ではっきりと告げる。
「レイラは間違いなくハルトマン家の血を引いていた。母さんと血が繋がっていることが証明されたんだ!」
そのひとことで、場の空気が一瞬で変わった。
エレノア様の顔色が瞬時に変わり、椅子から立ち上がろうとしてよろめいた。
侍女がすばやく彼女を支えた。
私は手にしていたカップを強く握りしめ、ざわめく鼓動の音が耳に響いた。
誰もが薄々予想していたことだ。私自身もその可能性を感じていた。
けれど、それがはっきりと証明されると、やはり胸に衝撃が走る。
喜びと戸惑いが混じる複雑な気持ちでいると、エレノア様が私に目を向けて声を震わせた。
「ああ、レイラ……」
「はい」
「こんなことが起こるなんて……本当に、これほど嬉しいことはないわ」
その声には、驚きだけでなく深い安堵と喜びが混じっていた。
私は立ち上がってエレノア様のそばに寄った。
彼女は涙を滲ませながら微笑んでいる。
「これからは、おばあさんと呼んでくれるかしら?」
「はい。おばあ様」
言葉を返すと、エレノア様が両手を私に伸ばした。
私も自然と彼女の背中に手を添えて、ふたりでそっと抱き合う。
エレノア様はしばらく私の背中を撫でていたけれど、ふいにそっとささやくように告げた。
「おかえりなさい、レイラ。ここは、あなたの家よ」
彼女のその言葉に、私は堰を切ったように涙がこぼれた。
おかえりなさい、なんて言葉。
最後に聞いたのは亡くなった母からだった。
もう一度こうして誰かに言ってもらえる日が来るなんて、思いもしなかった。
これまでの孤独や傷がなかったことにはならないけれど、今は確かに私に帰る場所がある。
受け入れてくれる人たちがいる。
ふと目を上げると、エリオスと侯爵が笑顔で見つめていた。
カレンは涙ぐんでいた。
静かに見守ってくれる周囲の優しさに、私はいっそう胸が熱くなった。




