33、唯一無二の存在になるの(セリス)
「違うわ! ワインレッドのドレスだって言ったでしょう?」
私は声を荒げ、侍女が持ってきたローズピンクのドレスを床に叩きつけてやった。
布地が音を立てて広がるのを見ていると、胸の奥の苛立ちがますます膨らんでくる。
最近は些細なことにも腹が立って仕方がないわ。
「申し訳ございません……すぐに手配を……」
侍女は顔を青ざめさせ、慌てて頭を下げた。
けれど、私の怒りは収まらないわよ。
「なんて愚かなの。今夜は王室主催のパーティよ。誰よりも美しく着飾らなければならない大事な夜なのに、あなたはドレス一つまともに準備できないの?」
「申し訳ございません」
「もういいわ。解雇よ」
「そ、そんな……」
侍女は今にも泣きそうな顔をした。
その頼りなさそうな表情が、私の苛立ちをさらに煽る。
だって、泣きたいのはこっちなのよ。
「もう顔も見たくない。出ていきなさい。そこのあなた、新しいドレスを選んできて」
背後に控えていた別の侍女に命じると、叱責された侍女は頭を下げて退室した。
レイラがいなくなってから、私の生活は一層慌ただしくなった。
絵を描くことに加え、連日のように開かれるパーティに招かれては、完璧に装うことを求められる。
同じドレスを繰り返し着るなんて恥だわ。
だからこそ衣装屋には毎日のように新しいドレスを注文しているのに、侍女が失態してどうするのよ。
私は芸術家であり、美の担い手なの。
身にまとうものすべてが最高でなければならない。
美を軽んじることは、私自身を否定することに等しいのよ。
まあ、その重みなんて侍女に理解できるわけないわよね。
「セリス、何事なの? ずいぶんと騒がしいようだけれど」
扉が開き、母と伯父様が姿を現した。私はすぐに母へ訴える。
「お母様、新しい侍女を雇っていただけないかしら? 本当に要領の悪い子ばかりで困るの」
「まあ……でも、お金が」
母がためらいがちに伯父様を見ると、彼はすぐさま笑顔を浮かべた。
「ああ、いいぞ。高い給金を払えば優秀な侍女が集まるだろう」
「本当に? 伯父様!」
「セリスのためならいくらでも出そう」
「嬉しいわ! 大好きよ、伯父様!」
私は両手を叩き、子供のように喜んでみせた。
ほんと、伯父様って簡単だわ。
ちょっと可愛くおねだりすれば、いつだって私の言うことを聞いてくれる。
まあ、今は伯父様が取ってきた仕事を私がこなしているのだから、より一層大事にしなきゃいけないわよね。
「お兄様はセリスに甘すぎるわ。私でさえ嫉妬してしまう」
「ははは、何を言う。お前にも充分贅沢をさせているだろう」
母は複雑な顔で目を伏せた。
その横顔に、淡い嫉妬と切なさが滲んでいるのがわかる。
私はいつも気づかないふりをする。
母が伯父様を慕い、兄妹の域を越えた関係にあることくらい、ずっと前からわかっていたから。
けれど、私には関係ないわ。
だって私にはアベリオがいるのだから。
「ところでセリス、依頼された絵はどこまで進んでいるんだい?」
伯父様が穏やかな笑顔を崩さずに訊ねた。
私は眉をひそめ、少し困った顔を作った。
「忙しくて時間が取れないの。もう少しだけ待ってくださらない? 今日も明日もパーティなのよ」
「そ、そうか……できれば急いでほしいのだが」
「これでも寝る時間を削って描いているの。これ以上は無理だわ」
すかさず母が口を挟む。
「セリスは充分頑張っているのよ。無理をさせては駄目だわ」
「む……そうだな。私が悪かった」
伯父様は母の言葉には逆らえない。
けれど母は私の味方をしているわけじゃない。
大事な資金源が体を壊すと困るから優しいふりをしているだけ。
私はそんな母のしたたかさを、誰よりも知っている。
だからこそ、母を操ることくらい私には造作もないことよ。
それにしても、たかが1カ月納期が延びただけで小言を言うなんて、本当に鬱陶しいわね。
私がいなければ伯父様だってお金を稼げないというのに。
でも、もう少しの辛抱よ。
アベリオと結婚すれば私は侯爵夫人。
社交に専念すれば伯父様とも縁を切れるわ。
今は依頼を適当にこなし、時間を稼げばいい。
がむしゃらに働くのは、私の美意識に反するもの。
やがて私は1年に1作だけ絵を描く絵師になるの。
そうすればその価値は飛躍的に高まり、人々は何年も私の作品を待ち望むわ。
そう。私は唯一無二の聖絵師になるのよ。




