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すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~  作者: 水川サキ


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30/57

30、本当の父と出会う

 挨拶を交わし、和やかな歓談のひとときを過ごしたあと、侯爵は私とエリオスをスヴェンの部屋へ案内してくれた。

 カレンも同行してくれて、私は自然と彼女からスヴェンの話を聞くことになった。


 スヴェンと兄のマーク、そしてカレンは、幼少の頃からお互いの家を行き来し、まるで兄妹のように育ったのだという。

 カレンは遠い日の思い出をたぐり寄せるように、少し懐かしそうに微笑んだ。



「マークは明るく社交的で、みんなの中心にいるような子だったの。でも、スヴェンは正反対で……とてもおとなしくて、繊細で、優しい人だったわ」


 そう話す彼女の目には、穏やかで優しい雰囲気が宿っている。


「スヴェンは子供の頃から、毎日のように絵を描いていたの。あなたと同じ聖絵師(オーラリスト)として」



 人気の聖絵師だった彼は、若くして依頼に追われる日々を送っていたらしい。

 彼は私よりもずっと早く、13歳から活動していたようだ。


 けれど、ある日突然「旅に出たい」と言い出したという。

 家族は反対したが、彼の強い決意を覆すことはできず、最終的に背中を押したのは兄のマークだったという。



「寂しかったけれど、数年に一度は帰ってきてくれたの。そのたびに数カ月は滞在して、また旅に出る。彼はそんな暮らしをずっと続けていたの。スヴェンは子供好きでね。滞在中は毎日うちの子たちと遊んでくれて……みんな、彼が帰ってくるのを楽しみにしていたわ」


 カレンは目を細め、まるでその光景を思い浮かべているかのように語った。

 その静かな笑顔が、とても切なく感じる。

 彼の人柄を知らない私でさえ、話を聞くだけで胸が熱くなる。


 きっとスヴェンは、誰からも愛された人だったのだろう。



「さあ、ここが弟の部屋だよ。そのまま残してあるんだ」


 侯爵が扉の前で立ち止まり、私に振り返ってそう言った。

 静かに扉が開いた瞬間、乾いた絵具と油の匂いが鼻をかすめた。


 そこはまるで時間が止まったような空間だった。

 机の上には筆や絵具がそのまま残され、真っ白なキャンバスもある。

 今すぐにでも彼が戻ってきて続きを描き始めそうな、そんな気配すらあった。



「弟が亡くなって5年が経つのに、母がどうしてもこの部屋を片付けたくないと言うのでね」


 侯爵の説明を聞きながら、私はふと足を止めた。いや、足が勝手に止まってしまったのだ。

 壁にかけられた一枚の肖像画が、私をじっと見つめているような気がした。


 白銀の髪に、澄んだブルーの瞳。

 色白で少し痩せた顔立ちの男性。

 どこか憂いを帯びた表情をしている。



「このお方が……?」


 私が訊ねると、カレンが答えた。


「ええ。スヴェンよ。本当に、そっくりでしょう?」


 私はただ、小さく頷くことしかできなかった。


 先ほどのエレノア様の肖像画よりも、ずっと私に似ている。

 というよりは、私がそこにいるかのようだった。

 あまりの衝撃に私は足がふらついて、そばにいるエリオスによりかかってしまった。

 エリオスはとっさに私の肩を支えてくれる。



「レイラ、大丈夫か?」

「ええ。その、とてもびっくりしてしまって」

「そんなに似ているのか。俺も見てみたいものだ」


 エリオスは目線を斜め下に向けたまま、ふっと笑みを浮かべた。

 侯爵はおもむろにスヴェンについて語った。



「弟は亡くなる間際に、昔の恋人の話をしてくれた。だが、君のことは語らなかった。もしかすると、君の存在を知らなかったのかもしれない」


 それにはカレンが付け加えるように話す。


「もし知っていたなら、とても喜んだはずよ。彼は子供好きだったから、あなたのことを全力で愛してくれたと思うわ」


 侯爵は眉を寄せて、声を落とす。


「運命は残酷だ。君が生まれた頃、この国と君の国は外交的に険悪な関係にあった。もし、そうでなければ……」


 その先は、彼もそれ以上言葉にしなかった。



 全員が肖像画を見つめたまま沈黙し、少し経つと侯爵が私へと向き直った。


「この部屋は、いつでも訪れて構わない。好きなだけ、ここにいるといい」

「ありがとうございます。少しだけ、ひとりでいても構いませんか?」

「ああ。晩餐の時間になる頃にまた呼びにこよう」


 侯爵はそう言って、エリオスに少し別室で語らおうと提案した。

 彼らとともにカレンも退室し、私は静寂の中でひとり残った。



 私は椅子に腰を下ろし、手の届くところに置かれた真っ白なキャンバスをじっと見つめた。

 絵具の香りに胸が熱くなる。

 今すぐにでも、そこに描きたいものが浮かんでくるのに、右手は固く動かないままだ。



 窓のカーテンの隙間から、夕暮れの光が部屋をわずかに染めた。

 その光がやがて赤から紫へ、そして深い青へと移ろう頃、外には星が瞬き始めていた。


 時間の感覚は失われていた。

 私はいろいろと混乱する頭を整理しながら、ひっそりと佇むスヴェンの姿を見つめた。



 疑問に思うことは山ほどある。

 なぜ旅に出たのか。どんな絵を描いてきたのか。

 そして、私の母と出会ったことをどう思っていたのか。


 けれど、その答えは永遠に得ることはできない。

 それでも、ひとつだけ、どうしても知りたいことがあった。



「どうすれば……私は、あの絵を描けるのですか?」



 かつて満月の夜に描いた、光に浮かぶ奇跡の絵。

 あの絵を、もう一度この手で生み出したい。

 そして、エリオスに見せてあげたい。


 生い立ちや血筋の真実も大切だけれど、それ以上に私の心が切望しているのはただひとつ。

 再び、奇跡の絵を描く方法を知ることだった。



「どうか、教えてください」


 私は静寂の中で、肖像画の中のスヴェンに向かって、そっと呟いた。

 彼の憂いを帯びた瞳が、今にも答えてくれそうな気がした。



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