18、彼女について(エリオス)
俺がそんな過去の記憶を辿った理由は、何も彼女と出会ったからだけではない。
サイラスが、その亡くなった人物の話を口にしたからだ。
「エリオス様の命を救ってくださった聖絵師のことを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。忘れるわけがない。彼は俺にとって人生の師であり恩人だ。名はスヴェンと言ったな」
「はい。カルベラ国のハルトマン侯爵家の令息でございました」
「ああ、そうだった」
スヴェンは俺の前では異国から来た旅人だと言い、身分を明かさなかった。
しばらくこの家に滞在し、俺にさまざまなことを教示してくれた。
去ってしまった彼を数年かけて探してまわり、ようやく見つけた際に、彼の死とともにその身分を知ったのだった。
「実は、レイラ様がスヴェン様に、大変お顔が似ていらっしゃるのです」
「それは……本当か?」
「はい。銀髪に淡いブルーの瞳をしていらっしゃいます。私はあの夜、月光の下でレイラ様を目にした際、大変驚いたものです。まるでスヴェン様が生きていらっしゃるかのように思えました」
サイラスの口調はとても穏やかで、わずかに喜びに満ちている。
スヴェンの姿を見たことはないが、周囲の声で彼がどのような容姿だったのかは聞いていた。
まるで満月のように美しい人だと、侍女たちは言っていた。
「スヴェンは生涯独身だった。もしかしたら、レイラは彼の親戚なのかもしれないな」
「そのことですが、妙なのです」
「何が妙なのだ?」
「はい。レイラ様は異国へ行かれたことがないというのです。私はレイラ様のお姿を見てカルベラ国の人間だと判断し、かの有名な香水をお部屋にご用意したのですが、それにも初めての反応のように思えました」
「では、レイラはこの国で生まれ育ったということか」
「そのようです。しかし、ハルトマン家の一族がこの国で暮らしているという情報はございません。そうでなければスヴェン様をお探しするのにあれほどの時間を費やすはずがありませんから」
確かにサイラスの言う通りだ。
スヴェンの行方をこの国のあらゆる情報網を使ったが、その詳細は掴めず、異国カルベラまで足を伸ばしてようやく掴んだのだ。
「では、レイラは自身がハルトマン家の令嬢だと知らないのだろうか」
「そのことはまだ、私どもも判断できません。無理に訊き出すこともできませんし」
「ああ、そうだな。レイラは家門の名を口にしなかった。俺が神殿に連絡することさえ怖がっていたしな。隠したい理由があるのかもしれない」
「調査いたしましょうか?」
「勝手に身元調査などすればレイラを裏切ることになってしまう。了承を得ようとも、あの様子だと拒絶されるだろう」
「では、ハルトマン侯爵にお手紙を出されるというのはいかがでしょう?」
「それも考えたが、もしレイラが自身の出生を隠したいということなら、彼女の居場所が特定できるようなことはしたくない」
あくまで憶測の話だが、もしレイラが本当にハルトマン一族の令嬢だとして、それを隠しているなら家族には居場所を知られたくないだろう。
「それに、レイラが本当にスヴェンと似た容姿なら、それだけでは済まなくなる」
「私もそのことが気がかりでございます」
「とりあえず、今はこちらから詮索するのはやめよう。彼女の心が落ち着くまで、少し待とうと思う」
「承知いたしました。あのようなお怪我をされていますし、まずは療養が必要ですね」
「ああ。だが、一応ハルトマン家のことは心に留めておこう」
「では、私もそのようにいたします」
サイラスは丁寧にそう言って、執務室を出ていった。
静寂が訪れた室内で、俺は窓際の光のあるほうへ体を向ける。
窓の外の景色は見えないが、今日は晴れているのか空気が澄んでいるように思える。
こんな日は、スヴェンとの思い出に浸るのも悪くない。
レイラ、君はスヴェンと血縁関係にあるのだろうか。
もしそうならば、これは冗談ではなく、本当に天の導きなのかもしれないな。
そうだろう? スヴェン。




