10、それでも希望を捨てたくない
馬車に置かれた小さな荷物を抱え、私は夕暮れに染まる森の中へ足を踏み入れた。
日が落ちて夜が近づいてくる。
けれど、足を止めることはできなかった。
すっかり日が暮れて、夜の森をさまよった。
風に揺れる木々のざわめきが、まるで私を嘲笑うかのように聞こえる。
喉はカラカラに乾き、目眩がして、今にも倒れそうだった。
それでも、ただひたすら歩いた。
もうこの上なく絶望を感じていた私には、恐怖心など欠片もなかった。
やがて小さな湖に辿り着き、思わず駆け寄った。
湖面に手を浸すと、水の冷たさが体の奥まで沁みわたる。
右手は動かず、うまく水がすくえない。
それでも、どうにか口に含むと、潤いとともに生きている実感がした。
思わず涙があふれ、嗚咽がこぼれる。
叫びたいほどの絶望の中で、わずかな安堵が、胸を押し広げる。
でも、これからどうすればいい?
唯一、心の拠り所だった絵を描くことも、この右手ではもう不可能だ。
失ったものの大きさに、絶望が波のように押し寄せる。
「お母様、私はどうすればいいの?」
そっと口にした言葉は、さらっと吹き抜ける風にかき消される。
ぼんやりと湖面を眺めていると、あたりが次第に明るくなった。
重く垂れ込めていた雲の隙間から月の光が湖を照らしたのだ。
あたりがやわらかい夜の光に満ちて幻想的に映る。
「綺麗な夜だわ」
そういえば鳥も獣も一切いない。
あまりに静かな森だ。
頭の中に不思議な光景が閃いた。
絵にしたくてたまらない。
筆を握ることはできないけれど、私は代わりに中空に右手を掲げて、絵を描くように腕だけ動かした。
ただ、私の腕が右から左へ、上から下へ、斜めへと動くだけ。
それでも私の頭の中には確実に私の描く絵が仕上がっていく。
目の前には何もないのに、私は頭の中で出来上がっていく絵に感動し、高揚感が湧いてきた。
こんなふうに描きたいわ。
そう思いながら完成した絵は自分の目にしか見えないものだ。
月明かりに照らされて、光の中に浮かび上がる私の絵は、今まで描いたものの中で一番いい出来だった。
「なぜかしら。不思議だわ。空想で描いただけなのに、実際にそこにあるように見えるわ」
そう。私が想像だけで頭の中で描いた絵は、実際に目で見えている。
だけどきっと、それさえも私の想像にすぎない。
そう思っていたのに――
「これはすごいな。立派な絵だ」
急に背後から声をかけられ、驚いて振り返る。
するとそこには、杖をついた身なりのいい若い男性が立っていた。