第29話 ひらめき
静寂が『領域魔法』と呼ばれる魔法を発動させたが、セラとエルミスには目立った変化は見られない。このまま戦闘を続けようとしたが…
「エルミス!あたしが左から…」
そこまで言った時、セラは妙な違和感を覚えた。
(あたしの声が…聞こえない…?)
そう。確かに自分は言葉を発しているはずなのに、その声が聞こえないのである。エルミスもそれに気づいたのか、セラと顔を見合わせている。
「理解したか?私の領域の内側では…一切の音が消滅する。五感を頼りに戦うお前達には致命的だろう?」
そんな『静寂』の真っ只中でも、静寂の声だけは相変わらずセラ達の脳内に響く。
(戦闘の中じゃ筆談も出来ないし……さて、どうしよっかな)
エルミスが何とか策を練ろうとするも、静寂はそれを阻止するかのように光弾を飛ばして攻撃してくる。
「ああ…良い。これこそが…これこそが『静寂』だ」
戦闘中とは思えないほどの静かさの中、静寂は薄く恍惚の表情を浮かべる。そんな時、セラは1つのある事が気になっていた。
(どうして…あの飛剣を攻撃に使わないんだろう。あたしもエルミスの攻撃も…さっきまではあの飛剣で
受けてたのに、今は普通に避けたりしてる…)
何故静寂が主要武器である飛剣を使わないのか。その理由は漠然としか分からなかったが、それはほとんど結論にもなり得るものだった。
(もしかして…あの剣が壊れるのを避けてる?)
飛剣を破壊する事が何になるのかセラには想像がつかなかったが、それが敵の損害になるなら狙わない手は無い。セラは静寂の背後に浮かぶ飛剣に狙いを定めて、光のような魔力を纏って突撃する。エルミスもその様子を見てセラの意図を察し、2人がかりで飛剣の破壊に乗り出した。
(気づくのが早いな…この剣が全て壊されれば、私の"静謐浄土"は決壊する…早急に決着をつけねばならん)
だが活路を見出し始めたセラとエルミスは、無音という縛りをものともせずに順調に飛剣を破壊していく。それは単純に、静寂が汎用性の高い飛剣を攻撃と防御に使えなくなったというのも理由の1つだが、それ以上の理由がある。静寂自身の戦闘経験の浅さである。静寂は によって比較的最近に創り出された概念種の為、概念種にしては戦闘の経験が少ない。それ故に、『相手の聴覚を奪う』という大きなアドバンテージの中でも優位に立ちきれていないのだ。
(あと…1本…!)
(いける…勝てる…!)
とうとう残す飛剣は1本となった。依然として音は聞こえないままだが、2人の中の闘志は徐々に燃え上がっていく。
「…やるじゃないか」
静寂も静寂で、生まれて初めて高揚に似た感情を覚えていた。『静寂』という自身の支配する領域の中でここまでの奮闘を見せるどころか、『静寂』の支配者を追い詰める事など、彼女は想像していなかったのである。
「お前達の実力は認めるが…そう易々と負けを受け入れるつもりも無い」
静寂は再び錫杖から魔力を放ち、新たに4本の飛剣を追加した。感じられる魔力から、この4本の飛剣が
ただのダミーだという事はセラ達にも分かった。だがそれは、少なくとも4本の飛剣がこの無音の領域内を飛び回り、襲いかかって来るという事を示している。剣撃が無音であるという事自体は変わらないが、この領域内では先程までのように片方に警告をする事も出来ない。2人とも自分が攻撃を避ける事で手一杯で、飛剣の破壊にまで手が回らなくなってしまった。
その様子を領域の外から見ているリーヴは、物陰から眉を顰めて顔を覗かせる。
「むぅ…まずそう」
いつもの事ながら、リーヴは自分が戦えない事を呪った。
「いや…愚痴をいっててもなにも変わらない。考えなきゃ…」
リーヴは文字通り頭を抱えて考え込むが、案の定特に何も思い浮かばない。
(あの領域の中だと、音がぜんぶなくなる…見てる感じ、そういうことだと思うけど…)
その時、リーヴは思い出した。エルミスと共に魔物の巣に向かった時の事。エルミスが何の報告も無しに魔物の群れを爆撃したあの時の事だった。
(そういえばあの時…空気がびりびりしてた。確か音って、空気中を動いて人のみみに伝わるんだっけ)
そして、リーヴは閃く。
(そうだ…!あの領域の中で音がきこえないってことは、あの領域内だと空気がびりびりしないってこと……なのかな?)
正解か不正解かはひとまず置いておいて、リーヴは天才的な閃きを見せた。お前本当にリーヴか?
「てことは…あの中で音がきこえないのは、静寂も同じ…!」
それから、リーヴはポケットから紙とペンを取り出して、何かを書き始めた。書き終わると、リーヴは静寂の領域の内側へと走っていった。
ボスキャラ解説
【静黙の伝道者】静寂
種族 概念種
所属 なし
権能 「静寂」
作中で使用した技
・静なる剣(無音の剣撃)
・静なる波動(当たった者の聴覚を一時的に奪う)
・静謐浄土(範囲内で起こる全ての音が消える)
概要
とある少年が生み出したと思われる「静寂」という概念を体現する存在。静寂の行動のせいで死者が出はしたが、特に人間などに対して悪意がある訳ではなく、「静寂」そのものである彼女はただ純粋に「音」を理解出来ないだけなのである。そして理解出来ないものを本能的に嫌い、遠ざけようとする性質は、人だろうが神だろうが概念種だろうが変わらない。




