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加護

人間って大変なんだなあ。


人として世界に現れたエルヴィスが、周囲の人間たちを見て気付いたことだ。貧しい子どもには選択する余裕も余地もなく、だが今ならそれはそれで悪くなかったと思える。人というのは常に岐路に立つ生き物なのかもしれない。人生は選択の連続というが、そのとおり選び取れなかったものは切り捨てるだけだ。


精霊は人間のために作られた。人間であればどんな人物でも愛せるようにできている。なのでエルヴィスはまさか自分が人間を切り捨てる可能性を考えていなかった。


アルヴィンとエルヴィスは駅の近くのベンチで朝食のサンドイッチを齧っていた。粉末状のハビナッツが使われたパン生地はほんのりと甘い香りがする。中に挟まっているのはあっさりとした淡白な身の雷風魚のフライ、人参の酢漬け、生のオレンジ、生姜と琥珀桃のソース。酸味が爽やかで大きさの割には簡単に胃に収まる味付けだ。前々から気にはなっていたものの朝限定ということもありなかなかありつく機会がなく、コルマトンを発つ今日になってようやく食べることができた。


賑やかで雑然とした印象のコルマトンも早朝となれば静かで街並みがよく見える。アルヴィンは斑らな石畳を眺めながらふと、この街が既に自身の一部になっていたことに気が付いた。


疾風の賢杖を見付ける目的は、アルヴィンの潔白を証明するためだけではない。この世界に霊薬がまだ存在しているかどうか、あるとすれば所在を確かめるためでもある。


「精霊は魔人を見付けるために魔力を感知できて、強い魔力に引き寄せられる性質があるんだよね。けど残念ながら精霊は感知できなくてさ。今現在霊薬があるのか、賢杖がどこにいるのか見当がつかないんだ」


チェルトラで生まれたエルヴィスがバーウェア領に向かったのはなんとなくだ。距離が離れているため明確に感知していたわけではないが、無意識に強い魔力がある方向に引き寄せられていたのだ。他にも家や親のない子どもの姿を見ていたが、パンと果物を差し出して家族になったのはアルヴィンだけだ。


「それってちょっとあれだよな、途方もないというか」


「そうだね。とりあえず期限をつけようよ。なんの成果も得られなかったとしても、次の強制指令が出る前にはリンガラムに行こう。死神もそれくらいなら持つはずだから。けどもしブラムさんの命を脅かすなら、僕が必ず彼女を殺す」


「え……いや、なんでお前がそんなことするんだ」


「霊薬を作れない僕が果たせる責任なんてそれくらいだからだよ」


アルヴィンが困ったように言葉を探すのを見て、エルヴィスは軽い調子で笑った。真面目に話を聞いて貰えるのは嬉しいが、わがままなことにアルヴィンの深刻そうな顔はあまり好きではないのだ。


「見付ければいいだけの話だよ。その、もしカサネさんが……」


「ん? カサネさん?」


「あ、いや……そういえば、もうすぐカサネさんの誕生日だよね」


「もうすぐって言ってもあと40日くらいか。それがどうかしたのか」


「お祝いしようよ。いつもはルクフェルさんがしてくれてたらしいんだけど、今回は僕らで」


エルヴィスはカサネの姿と、その身体を巡る魔力を思い返した。大きな部位でなかったこともあって見落としていたが、カサネの耳にはほとんど魔力がない。


「あのさアルヴィン、急に話題変えるんだけどフォロアリカってあるじゃん。お金持ちの国だけどどうしてか分かる?」


「本当に急に変わるな……世界の情勢に合わせて何かこう……国内の事業を推進してこう……商売のうまい国って感じじゃなかったか」


「そうそう、そんな感じ。フォロアリカがあんなに世界を動かせるのはね、統治に協力してる大きな貴族の家系に先見の力があるって言われてるからなんだよ。まあ本当は先見っていうか全知の力なんだけど」


「うん……うん? ああ、うん」


全知の力がある人間など存在するわけないだろうと突っ込もうとしたアルヴィンだったが、エルヴィスが聖者の金杯であることや、疾風の賢杖が人間としてこの世に存在することを思えば然程おかしくもないような気がして、とりあえず無理矢理飲み込んでおいた。


「つまりその家系の人たちは賢杖の加護があるんだ」


「加護? なんだそれ」


「精霊は人に力を与えられるんだよ。賢杖の力は難しいし使い勝手は良くないけど、人間の競争においてはかなり強力なはずなんだ。それでね、賢杖の加護は目か耳に与えられるんだ」


「……耳」


聞こえが悪いのかと思いきや他の人間が聞き取れない音を明確に捉え、迅速に対処する戦い方。もしや、とアルヴィンははっと顔を上げた。人参の酢漬けが零れ落ちかけた。


「それで僕が言いたいのはカサネさんのことなんだけど」


「えっ、カサネさんの耳ってもしかしてそういうことなのか!」


「多分だけどね。精霊は魔力を打ち消したり弾いたりするんだ。それでカサネさんの耳には魔力がほとんどないわけで、やろうと思えば何でも聞き取れるってなるとそうなんじゃないかなって」


そういうのだって、そういうの。エルヴィスは2つめのサンドイッチを齧りながら、初めて強制指令に参加することが決まった日の夜にカサネが言っていたことを思い出した。


最早エルヴィスは認めざるを得なかった。全ての人間を平等に、醜さも含めてその人物を愛す。そんな情緒は既に失われていて、自分はただの人間と大差がないのだと。そんなことができないから選び取り切り捨てるのだと。


「カサネさんにうまく耳を使って貰えれば、賢杖の居場所が分かるかもしれない」


結局のところ、エルヴィスは現時点ではアルヴィンが最優先だ。カサネにとって不幸な結末を迎える可能性があると分かって、最終的には同行を頼んだ。

人間って大変だなあ。サンドイッチを食べ終えて持参したスコーンを齧り、エルヴィスはまだ人通りの少ない道の向こうからやってくる影を見据えた。


「お待たせー、おはよーちゃん」


「おはようございます……ちゃん?」


荷物を詰め込んだ鞄を肩にかけて、カサネはいつも通り軽快な足取りでやってきた。ちくりと胸が痛んだことには気付かないフリをして、エルヴィスは柔らかく笑って挨拶した。


「ぃよっし、そんじゃ行こっか。まず何処から行くんだっけ?」


「まずはファレーゼに行ってみようかと。大図書館があって人の出入りが多い活発な街らしいです」


「おけおけ」


エルヴィスの小さな苦悩はつゆ知らず、カサネは軽やかに階段を2段飛ばしして乗車口へと向かう。列車の中で食べるための高級な菓子を見せびらかして笑うカサネに対して、エルヴィスは一拍置いて思い出したように強請った。

すっごくどうでもいいですが、ちょいちょい出てくるコーヒーが高級品っていう設定。

コーヒーって標高の高い火山帯が栽培に適してますが、その辺は弱い毒を持つ魔物が結構出てくるので、冒険者を長期間にわたって雇ったりしてます。人件費が高いです。

最近は冒険者たちも需要高まってるからって足元見てくるので余計に高くなってます。

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