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聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜  作者: 雪月黒椿
4章 ボリューニャ・チェルトラ編
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チェルトラの英雄 後

長い尾が遠心力でファウストをなぎ払おうとして、その前髪を掠めていった。爪を削り合うような攻防が続くが、互いに傷を付けるには至らない。


蛇の鱗は古くなった皮膚、所謂垢のようなものとは言われているが、蛇にしては随分大きな身体になるとそれなりに厄介な鎧になる。氷大蛇はファウストの息の根を止めるつもりで襲い掛かるが、ファウストはそうはいかないのだ。飛び込んで下手に刃を突き立てようものなら細身の剣は折れてしまう。


「あー……」


カサネが苛立ちながら踵で地面を叩いた。自分の出番がない、つまりこのままでは実績が作れない。だが自分が飛び込んだところで氷大蛇には追い付かない。


「カサネさんと同じか、それよりちょっと速いくらいですかね」


「そう見える?」


「はい……さすが金階級だなって」


「あっはは、ほんと」


カサネはつまらなそうに空笑いした。敵の動きは耳に伝わってくる。そうしてそれを聴きながら自分ならどう動くかと考える。それでも氷大蛇の突撃を避け続けることはできないだろう。それでもって、氷大蛇の速度に追い付き始めたファウストにはそんな聴力はない。決して折れない槍もない。


「私もさあ、金階級になって結構強くなったと思ってたんだけどさ。なんかああいうの見るとさー……あっ」


ついに地面に赤が散った。鎧を失った肉は、刃を添えれば滑らかに分岐した。しかしその奥にすぐ何かが引っ掛かり腕ごと持っていかれそうになったので、ファウストは歯を食いしばって手を引き切った。


蛇は大量の骨がそのまま身体の形を作っている。剣を振り抜こうものならやはり折れる、とは言え表皮を撫でるように傷を付けたところで氷大蛇には大して堪えない。ファウストはならば、と矢が刺さったままの敵の頭を狙うことにした。


双剣はどちらも、凹凸のある鱗を削っていた片方の刃は綻びている。頭を狙うなら刺突で仕留めたいが、頭部の鱗を剥がしてから刺すとなるとあと2回頭部を丁寧に狙う必要がある。それはファウストであってもさすがに難しい。


「うわぁ、本当に凄いなあファウストさん」


「あいつは異様に素早い上に器用だからな。刃が通る大きさの魔物なら負けはしないさ」


「うん……あれがチェルトラの英雄かあ。でも大丈夫かなあ、背中の火傷、痛そうだけど」


「キレてるくらいならまだまだ大丈夫じゃあないかな。チェルトラの時はもっとボロボロだったみたいだしな」


皆すっかり武器を下ろして観戦している。至近距離で香辛料を浴びたことによるえ辛い残香が、氷大蛇にファウストの位置を示し続ける。すっかり嗅覚が鈍ったおかげで手出しをしてこない他の人間の匂いは認識していないらしい。氷大蛇にとって現在の敵はファウストのみだ。


「来い」


ファウストは足を止めて剣を構え直した。くるるるる、と喉の奥で唸った氷大蛇が怒りのままに尖った鼻先で敵を穿とうと突進する。ファウストが怒りで活発になっているように、氷大蛇も消耗しつつも決して攻撃を緩めようとはしない。


「ふっ」


その場から動くにしても数歩で、身体を反らしたり剣で鱗を削り取りつつ、指1本ほどの距離で辛うじての突撃を躱す。ファウストはそこで、氷大蛇が頭から突っ込んで来ないことに気が付いた。大雑把に攻撃を仕掛け、その勢いで胴体を振り回しているように思えたのだ。


氷大蛇の視力は元から然程良くないにしても、全く見えていないということはなかっただろう。加えて鼻先に刺さったままの矢に纏わりつくボロ布と化した香草の袋。未だ残る香ばしい匂い。氷大蛇は恐らく、敵の位置を細かくは把握していないのだろうとファウストは察した。とは言え敵の身体の芯を捉えていないだけで、その攻撃は避けなければ当たる。


「ウィツィ! 今秘術はかかっているか!」


「ちゃんとかけてます!」


「解け!」


「えぇ!?」


少し離れた場所から秘術を使い続けていたウィツィだが、予想外の命令に声が裏返った。ファウストは先程から攻撃を捌いてはいるが、もし攻撃が当たればただでは済まない。ウィツィの困惑が跳ね返ってきたので、ファウストは僅かに口角を上げてあくまで強気を装った。


「5秒だけ解いてくれ!」


「えっ、うわマジか、了解です!」


ウィツィの返事の直後、ファウストは腕に剣を当てて浅く引いた。深い傷ではないが肉が切れたのだ、当然血が滴る。しかしそれは再びかけられた秘術によってすぐに止まり地面に落ちることはなかった。氷大蛇がすんすんと鼻をひくつかせるのを見て、ファウストは脚に力を入れて待ち構えた。


「えっ、ファウストさんは一体何を」


「んー……多分だけど、目印的な感じじゃん?」


氷大蛇の鼻腔に染み付いた香辛料の匂いの中に、新たな刺激が割って入る。理由も分からず宿敵が流血したことだけを理解した氷大蛇は、再びファウストに突っ込んだ。血の匂いが正確に彼の位置を示した。


「悪いな」


根本が粘膜で覆われた牙が嬉々としてファウストに襲い掛かる。しかし喜色を浮かべたのは氷大蛇だけではない。


「いい子、だっ……!」


柔らかい桃色の口腔を、下から上に向かって。衝撃を真正面から受け止めつつも、ファウストは氷大蛇の頭を貫いた。


山肌に激突しつつもやはり死んでいないことに唇を震わせ、ファウストは大きく息を吐いた。


今更蘇る恐怖と高揚と背中の痛みと喜びと。様々なものがないまぜになって頭がどうにかなりそうだったが、とにもかくにも氷大蛇は息絶えた。生き残ったのはファウストだった。

どうでもいいけどルクフェルさんは背丈もかなりあるゴリマッチョで、ファウストさんはやや小柄な細マッチョです。

あとキーワードにほのぼの入ってるけど、なんだかほのぼのじゃない気がしてきました。誰か最適なタグを教えて←

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