14-5(38)
列車は順調に運行を続け、僕たちは15番駅でもう一つのループラインに
乗り換え特区を目指したが、急に元気になったミカちゃんのお喋り攻撃に
僕は悩まされていた。
「ねぇ、ねぇ、ショ―ちゃん、アレやってよ、アレ!」
「何だよ、あれって」
「ショ―ちゃんがやってたヘタッピマジックよっ!」
「ヘタッピって……、道具あのクラブに置いてきたからムリだよ」
「な~んだ、つまんない」と一旦は暗い窓に目を向けたが再び振り向き
僕の肩を軽く叩いた。
「何だよも~」
「私、トックに入ったらどんな女の子になるかな?」
「知らないよ~」と無関心な僕の素ぶりを気にも留めずに彼女は延々と喋り
続けた。
「美人系かな? カワイイ系かな? 出来ればハーフアンドハーフがイイな~」
(フン! 何ワケの分かんないこと言ってんだよ)と心の中で呟く僕の手を
今度はいきなり握り締め満面の笑みで顔を一気に近づけて来た。
「どうも~ 応援いつもありがとう~ 新曲絶対買ってね!」とウインクする
彼女に呆れ果てた僕はもう失笑するしかなかった。
「ショ―ちゃん、どれがイイと思う?」
「はぁ~」
(霜も降りてない窓ガラス越しに指でサインなぞられてもよく分かんないよ~)
そんな終始はしゃぎっぱなしの彼女だが、僕は特区での注意事項等を
真剣かつ丁寧に彼女に伝え、最後に記憶を留める白いカプセルを彼女に
飲ませた。
――
―――
――――〈キキィ――ッ!〉
そしてついに列車は特区に到着し、僕は先ほどまでとは違い少し緊張した
面持ちの彼女の手を引きエスカレーターで登りきった先にある問題の改札前
までやって来た。
「緊張してるの?」
「そ―んなことあるわけないじゃない」と強がる彼女だが繋いだ彼女の手の
平からは明らかに動揺する様子が感じ取れた。
彼女の病気の進行状況から一刻の猶予もないと感じた僕は半ば強引に彼女
の手を引き一気に改札を通り抜けた。
=〉〉〉〉
「これでミカちゃんも特区の住人だね」
「うん、でも何にも変わんないよ」と手の平を目の前で何度も回転させた。
「もうすぐ身体が消えるけど全然痛くないからね!」と伝えると安心した
のか彼女は笑顔でその場に腰を下ろした。
まだ彼女に対し一握の不安を感じる僕は特区での注意事項及び僕の会社名
や住所などを再度確認する様勧めるさなか徐々に彼女の足元に変化が現れ
始めた。
「ミカちゃん! 足、見てごらん」
「うわっ!」と驚きのあまり両足を交互に動かし座ったまま後退りしたが、
笑顔で手を振る僕を確認すると彼女も引きつったような笑顔で返してくれた。
「バイバイ、ショ―ちゃん、また後でね!」
「あぁ、待ってるよ!」
……
…………
彼女と別れた僕はその後、シャッター街を通り抜け出口へと向かった。
扉が開くと僕の予想に反し曇り空の早朝のようで帰宅前に居酒屋で一杯
という僕のもくろみは消え去り、肌寒い中一人睡眠不足の目を擦りながら
再び在来線を乗り継ぎアパートを目指した。
〈ガタン!〉〈ゴトン!〉…… ……
しっかし今回の救出作戦の舞台があの名前のない怪しい男の町だった
なんて驚いたよな~。
まだミカちゃん自らの口から詳しく聞けてないけど相当苦労したんだろな。
だからこそ特区では出来るだけ彼女には楽しんでもらいたい思いもあるけど
ミカちゃん、特区の生活大丈夫かな?
……う~ん、やっぱ心配だよな~。
渡した名刺にはふりがなふっておいたけど僕の会社に無事来れるかな?
いや、ミカちゃんのことだから名刺無くしちゃうかもな。
ホント、早く会わないと安心出来ないよ、ふぅ~。
そんなため息の混じりの僕を電車は定刻どうりいつものアパート最寄り駅
まで正確に運んでくれた。
その後古い鉄製の階段を駆け上がり自宅前に近づいた時、ふと換気扇から
卵とバターが焼けるような匂いに違和感を覚えた。
あれ? 何で換気扇が回ってるんだ?
僕は慎重に扉を引き、入ってすぐの台所に目をやると知らない女性が
フライパンを使って何やら調理している最中で、こちら側に一切目も向けず
突然その女性が喋り出した。
「どうしたの、忘れ物?」
「えっ! す、すみません、部屋間違えました」と僕は慌てて扉を閉めたが
扉横の表札には当然ながら【柴田】の文字が……。
僕は混乱し閉めた扉に寄り掛かり、この状況について頭をフル回転させ
たが、度重なる疲労とループラインによる時差ボケ状態の僕にとってこの謎
を解明するには少々無理があった。




