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冬の教会墓地は静寂に包まれていた。
広大な土地と自然の中にあって、その荘厳さは際立っているように見える。
リリーは両手を擦り合わせながら、しかし、その場を動けずにいた。
身を切るような風に包まれているというのに、ダレンが教会の前でぼんやりと立ち尽くしていたからだ。
ダレンの横顔から、どこか人を寄せ付けないものを感じ取り、声を掛けるのを躊躇ってしまう。
ーー無理もないわ。最愛のお兄様を亡くしたんだもの。
葬儀の間、ダレンは気丈に振る舞っていた。
が、その表情にはどこか覇気がなく、心境を察するにはあまりあるという感じだった。
葬儀からしばらく経っているが、それはなおも変わらない。
寂しげな横顔が切なく見えた。
リリーには、黙って見つめていることしかできない。
なんとももどかしい時間だった。
そんなリリーの視線に気が付いたのだろうか。
ダレンはゆっくりとこちらに顔を向けた。
「レディー・リリー?なぜ、ここに?もしかして、兄に会いに来てくれたのですか?」
「はい。あの、この度はご愁傷様でございました」
ダレンは微苦笑で頷いた。
が、その顔色は優れない。
ダレンの方がよほど死人のそれに近いと思うと、何だか胸が締め付けられた。
「あなたが墓参りに来てくれて、兄も喜んでいると思います。本当にありがとうございます。でも、寒くはありませんか?」
自身の吐く息の白さと、リリーの赤くなった鼻先を見比べるように、ダレンは言った。
こんな時でさえ、リリーのことを心配してくれる、ダレンのその優しさに心が打たれた。
彼はいつだって他人を思いやれる。
そうそうできることではなかった。
「わたくしは平気です。先ほど来たばかりですから。子爵こそ、いつからこちらに?」
「わたしは……いえ、わたしも大丈夫です」
ダレンは答えなかった。
きっと、かなり前からここに居るのだろう。
若干、唇が色を失っている。
が、それに気付いたと同時に、リリーは視線を逸らした。
男性の唇を見つめていることに、妙に恥ずかしさを覚えたのだ。
近くには自分たち以外いないというのに、誰かに咎められているような面持ちになる。
リリーは深呼吸をした。
気を取り直すように、話を切り出す。
「あの、これなんですが」
そう言って差し出したものを見て、ダレンは微笑した。
「スノードロップですね。実は気付いていました。もしかして、兄に?」
「はい。先日咲いたので、ご迷惑かとも思ったのですが持ってきました」
「ありがとうございます。いただきます。兄も
きっと天国で喜んでいると思います」
冷気と相まって、スノードロップの白い花びらからは凛とした美しさを感じる。
ダレンに手渡しながら、リリーは思った。
伯爵なら、このスノードロップを見て、どんな感想を言ってくれただろうかと。
もう少し早く咲いてくれていたらと、そんな詮ないことを思わず考えてしまう。
「伯爵は自然を愛する方でしたね。植物にも詳しくて。もっとお話をしたかったです」
「わたしもです。いつか、こんな日が来ることは覚悟していましたが……突然過ぎました」
この冬、伯爵は流行り病から体調を崩していたという。
元々、病弱で持病もあったことから、亡くなるまではあっという間だったのだろう。
ダレンは多くは語らなかったけれど、伯爵の最期を看取る覚悟まではまだできていなかったのかもしれない。
大切な人の死と向き合うことは、誰だって怖いものだ。
「家族として、もっと兄の傍にいたかった。力になってあげたかった。わたしはいつも兄に助けられてばかりだったので」
自嘲気味に、でもどこか懐かしむような声音で、ダレンは続けた。
「妻が亡くなった時、支えてくれたのは兄だったんですよ。兄は何も言いませんでしたが、いつも黙って見守ってくれていました。ジニーや両親の前では毅然としていなくてはいけないとわたしが思っていることを、よくわかっていたんだと思います。わたしが見舞いに行くと必ず人払いをして話を聞いてくれました。立ち直るまで根気強く付き合ってくれたこと、わたしは一生忘れません」
「伯爵らしいですね。本当にお優しい方でしたから」
「あなたと似ています」
リリーは思わず、ダレンを仰ぎ見た。
すぐに彼の優しい視線とかち合う。
「わたしは別に……」
「謙遜するところもそっくりです。あなたは気付いていないかもしれませんが、あなたに支えられた人は多いと思いますよ。一緒にいるだけであたたかい気持ちになる。日向のような優しさに包まれるんです。わたしは、あなたのそういうところが本当に……」
ダレンはそこでことばを切った。
思わずと言った風に口元を押さえ、リリーから視線を外した。
「いえ、その変な意味ではなく、素敵だなと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
何だか頬が熱い。
ただ褒められただけだと言うのに、まるで少女のような初心な反応をしてしまう。
それはきっと相手がダレンだからだと、リリーは思った。
彼は決してお世辞や誇大なことを言わない。
真実そうだと思うことを素直に言ってくれる。
誠実な人柄ゆえだ。
だからこそ、嬉しくて舞い上がってしまう。
彼に認められる、それは即ち自分を受け入れ肯定してくれているということだから。
あまり他人から正当な評価を受けることのないリリーにとって、この上なく安心して幸せな気分にさせてくれる数少ない存在の一人がダレンだった。
顧みられることのないリリーを、ダレンだけはいつだって気にかけてくれた。
誤解され、陰口を叩かれていても、良き理解者として傍にいてくれた。
この数年、ダレンはどうして自分に優しくしてくれるのかと考えたこともあったけれど、それは別にリリーだけを特別に思ってというわけではないのだろう。
心優しいダレンは、きっと相手が誰だって同じように親切に振る舞うはずだ。
ジニーのことがあるとはいえ、ダレンのような人と懇意にできる自分は、きっと恵まれている。
リリーは隣に立つダレンを具に見つめた。
それだけで、陽だまりのような心地良さを感じる。
「……わたしも」
「はい?」
「わたしも、子爵は素敵だなと思います。あなた以上に清廉で、公正な方はいらっしゃいませんもの」
「そ、それは……」
ダレンにしては珍しく、尻切れトンボのようにことばが続かない。
見れば、ダレンの首元は若干赤かった。
つられて、リリーも何だか気恥ずかしくなってくる。
やや間があって「ありがとうございます」とダレンは添えたけれど、その時には既にお互いの顔を見ることはできなかった。
ふと、このフワフワした気持ちの正体は何だろうと考える。
知りたいような知りたくないような、不思議な感覚に陥った。
チラリとダレンを盗み見て、彼の視線とかち合う。
それはつまり、ダレンもリリーのことを見ていたというわけで。
冬場だというのに、手で顔を扇ぐ羽目になったのは言うまでもなかった。




