50
サイラスとマリーが和解した次の朝。
リリーは、たまたまエルバートと廊下で顔を合わせた。
なんとなく、彼の目が赤いような気がしたが、あえて理由は聞かなかった。
エルバートから、いつになく優しい雰囲気を感じとり、きっとケビンと上手くいったのだろうと悟って。
「おはよう、エルバート」
「おはようございます、奥様。昨日は、大変お世話になりました。奥様のおかげで、ケビンに今までのことを謝ることができました。心から、お礼を申しあげます」
「わたしは、何もしていないわ。それよりも、上手くいったみたいで本当によかったわね」
「はい。ケビンと顔をつきあわせて話すのは久しぶりでしたが、今までのこと、そしてこれからのことについて、いろいろと話しあうことができました」
「これからのこと?」
「ケビンは一度、大陸に戻るそうです。母親の墓前で報告したいことがあるから、と」
「まあ、そうなの……。寂しくなるわね」
「いいえ。今までも、あいつはフラフラしていましたから慣れています。それに……」
「?」
「必ず帰ってくるから、待っていてほしいと言われました。また、親子で一緒に暮らそうとも。そう言ってくれただけで、わたくしは幸せです」
エルバートは破顔した。
つられて、リリーの頬も緩む。
昔からリリーは、人が幸せそうに笑う姿が好きだった。
それが身近な人ならなおさらである。
「本当によかったわね、エルバート。わたしも嬉しいわ」
「ありがとうございます。そういえば……」
「?」
「ケビンから、奥様にご伝言を預かっています」
リリーは身構えた。
ケビンには、はっきり嫌いだと言われている。
その彼から、リリーに伝えてほしいことがあるということ自体が不思議だった。
だが、あのケビンがわざわざ伝言を寄越すくらいだ。
よほど大切な内容なのかもしれない。
だからこそ、リリーは黙ってエルバートのことばに耳を傾けた。
そして、リリーの驚きは喜びへと変わる。
「"これからは、ケビンでいい"。彼は、本当にそう言ったの?」
「ええ。そう伝えてくれればわかるはずだと、あいつが申しまして。わたくしには意味がわかりかねますが……」
「いいえ、大丈夫よ。伝わったわ。ありがとう」
ケビンの伝言はシンプルだったけれど、リリーにはそれだけで十分だった。
エルという名前にこだわらなくても、ケビンがエルバートとの繋がりを感じられるようになった。
それがわかったから、リリーは自然と微笑んだ。
ーーよかった。エルは、ケビンとして生きていくことにしたのね。
きっと、ケビンはずっと"エル"というもう一人の自分に逃げていたのだ。
母親と死別し、父親とまっすぐ向きあえない。
そんな惨めで臆病なケビンでなく、自由気ままに生きる"エル"に価値を見出していたのだろう。
しかし、もう"エル"という存在に、こだわる必要がなくなった。
エルバートと家族として向きあい、今後も繋がっていけると確信したから。
だからこそ、彼は"ケビンでいい"と言ったのだ。
親子として、エルバートとケビンが今後どうなっていくのかはわからない。
しかし、二人の未来はきっと明るいものになるだろうと思った。
そんな二人に思いを馳せ、リリーはただ笑った。
「ちょっと、よろしいかしら」
朝食が終わり、まったりとくつろいでいたリリーは、義母のマリーがそう話しかけてきた時、かなり驚いた。
険悪な関係になってからというもの、マリーから声をかけられることなど、とんとなくなって久しい。
そのマリーが、わざわざリリーに何の用事だろう。
リリーは、慌てて居住まいを正した。
「も、もちろんです、お義母様。なにか、ご用でしょうか」
かしずかんばかりにリリーが言うと、マリーは複雑そうな表情を浮かべた。
だが、彼女はあえて指摘せずに言った。
「あなたと話しあいたいのですが、座っても?」
リリーは急いで頷いた。
マリーとは落ち着いたら、話しあわなければならないと思っていたのだ。
もともと五年前のことを謝罪するつもりでいたリリーにとって、まさかマリーの方から話しあいたいと切りだしてくれるとは思わなかったけれど。
良い機会であることに変わりはない。
リリーは上座を譲り、マリーがゆっくり座るのを緊張気味に見守った。
「リリー」
「は、はい」
「そう肩肘張らないでちょうだい」
マリーは苦笑気味に言い、手近にあったカップに紅茶を入れて口をつけた。
リリーもならい、もともと自分のために入れてあった紅茶を飲む。
口の中がほのかにあたたまり、心に落ち着きを取り戻していく。
そのおかげか、リリーはふと気づいたことがあった。
マリーもまた緊張しているのではないかということだ。
いつもの無表情だったら、きっとわからなかった。
しかし、今目の前にいるマリーはどこか不安げにカップの縁をなぞっている。
サイラスと和解する前までは決して見せなかった彼女の心の揺らぎだ。
「わたくしは、今までの誤解を解いて……いえ、違うわね。わたくしは、ただあなたに謝りたいだけなんですよ」
「え?」
「五年前、あなたがサイラスを隣国に行かせたと知った時、わたくしはあなたを責めました。今でも、そのこと自体を悔いてはいません。ただ……あなたにも思うところがあったのだろうことは理解しました。先日サイラスに、わたくしと向きあえと説いてくれたあなたなら、どんなことがあっても決して利己的な理由だけで、あの子を不倫に走らせたりしないだろうと、今ならわかります。あの時、あなたはちゃんと誤解だと訴えていたのに、わたくしはそれを聞こうとしなかった。あなたが自分のためにサイラスを行かせたのだと信じて疑わなかった。そのことを深くお詫びします。本当にごめんなさい。屋敷を追い出されたあなたが、その後どれほど苦労したことか。考えると、本当に申し訳なくて。心からの謝罪を申し上げます」
「お、お義母様、そんなこと……」
お気になさらないで。
そう続けようとして、リリーはやめた。
マリーのように立場がある女性が、素直に自分の過ちを認め謝罪する、それがどれほど大変なことか、リリーは知っていた。
個人的なプライドの問題ではなく、持って生まれた貴族としての矜持がそうさせるのだ。
だからこそ、マリーが頭を下げた時、リリーは戸惑いつつも肌で感じた。
マリーが本気で後悔していて、それを正そうとしていると。
であれば、マリーのことばを遮るべきではない。
それが最低限の礼儀だと、リリーは思った。
「わたくしはあの子のことしか考えていなかった。シドニー公爵夫妻のことは、わたくしも存知あげていたので、絶対に行かせたくなかったのです。サイラスが苦しむのは目に見えていましたからね。あんなに愛しあって結婚した夫妻は、そういませんもの。もちろん、あなたも公爵夫妻のなりそめは、知っていたのでしょう?」
もちろん、リリーは知らなかった。
マリーが説明してくれたところによると、シドニー公爵夫妻はお互い、出逢ってすぐに恋に落ち、周囲の反対を押しきって結婚したという。
マリーの年代の一部の貴族たちの間では、語り草になるほどの大恋愛だったそうだ。
そこに、サイラスの割り込む余地など微塵もないほどに。
「公爵夫妻がどうしてギクシャクしていたのかはわかりません。しかし、わたくしにはただサイラスが横やりを入れているようにしか見えませんでした。二人が愛しあっていると気付いたら、あの子は立ち直れない。そうでなくとも、夫人が亡くなれば傷つくのはあの子自身です。そう考えると、わたくし、本当に怖くて……必死であの子を諌めました。軟禁まがいのことまでしましたが、サイラスはいつになく頑なで、帰ってくるように諭しても一向に聞く耳を持ちません。訳を話していれば、また違ったのかもしれませんが、なにも知らないあの子を傷つけたくなくて、どうしても理由は言えませんでした。その後、夫人が亡くなり、サイラスは悲しみで目も当てられない状態になりました。会いに行っても、まるで死人を相手にしているようで、わたくしも辛かった。どうして、もっと早くあの子を連れて帰らなかったのかと悔やみ続けました。でも……」
マリーは、そこでことばを切った。
サイラスと同じ、美しい深海の青の瞳で、リリーを見つめる。
「帰ってきたサイラスを見て思いました。あれは、あの子にとっても必要なことだったのだと。サイラスはいい意味で変わりましたね」
マリーは柔らかく笑った。
サイラスのことを考えているのだろう。
幸せそうな笑みを浮かべている。
慈愛ということばがぴったりの、そんな母親の表情だった。
生前、両親がそんな表情でリリーや弟のピーターを見守ってくれていたことを思い出し、リリーはどこか胸が苦しくなった。
もう、あんな風にリリーのことを想って微笑んでくれる両親はいない。
そう思うと、やけにサイラスやケビンのことが羨ましくなった。
「リリー」
「は、はい」
「あなたは、きっとわかっていたのですね。サイラスを行かせなければ、あの子の心が死んでしまうと。あなたはサイラスのことを想って、行かせてくれた。あの子に大切な女性と最期まで過ごす時間を、そして彼女を看取る機会をくれた。あなたは信じてくれていたのですね。サイラスに彼女の死を受け止め、乗り越えるだけの強さがあると。わたくしは、貴族としての体裁やサイラスが傷つかないかどうかという表面的なことにばかり気を取られていて、あの子が立ち直る未来を信じてあげられなかった。母親失格ですね」
「そ、それは違います。お義母様は間違っていません」
リリーは思わず言った。
マリーのことばを遮らないようにしようと思っていたが、彼女の悲しそうな表情を見ていると、どうしても言わずにいられなかった。
マリーは、間違っていないと。
正解だって、きっとないのだから。
もちろん、サイラスを行かせたことを、リリーは後悔していない。
やり直せるとしても、きっと同じ選択をしただろう。
ヴェロニカを追って隣国に渡ったサイラスをマリーが責めたと知った時、マリーの言動が信じられないと思ったのも事実だ。
しかし。
あの時、下した決断が間違っていたことを、リリーはわかっていた。
常識的に考えて、サイラスを止めるべきだったと思う。
リリーに対するマリーの怒りは、正当なものだったのだ。
だからこそ、リリーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「お義母様がおっしゃる通りです。わたしには妻としての責任がありました。それを怠った罪の償いはしなくてはいけないと思っています。だから、サイラスやお義母様が望むのであれば離婚も受け入れます」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。そんな話はしていませんよ。いえ、確かに、先日わたくしは離婚するよう迫りましたが、浅はかな考えだったと反省しています。今さら、なに都合のいいことを言うのだと思われるかもしれませんが、わたくしはもうあなたたちを別れさせようとは考えていません」
「え?」
「あなたは他人を思いやることができる。相手にどう思われていても、その心は決して揺らぐことはありません。そして、あなたは他人に尽くすことができる。あなたの善意に気づくことを、相手には決して求めません。見返りを求めない、そんなあなたの姿を見ていて、つくづく思いました。どう考えどう行動するかは、その人の心の問題であって、それ以上でもそれ以下でもないのだと。リリー、あなたは素晴らしい女性だわ。貴族としての品格ではなく、あなた自身の品性によってね。あの子にはもったいないくらいですが、わたくしはあなたにサイラスの妻であってほしい。いえ、あなただからこそ、わたくしたちの家族でいてほしいのです」
リリーは、頬が赤くなるのを感じた。
いつもなら誰かに褒められると、昔の自分のことを思い出して、そんな高尚な人間ではないと思い悩むのだが、マリーに言われると、自然とそう感じなかった。
あまり褒められ慣れていないというのもあるが、それ以上にあのマリーに認められたというのが、ことのほか嬉しかったのかもしれない。
リリーは、熱を帯びた頬に手をやりながら、まごまごと呟いた。
「は、はい。その、もったいないおことばを、その……」
「リリー、謙遜しないでちょうだい。わたくしが申し上げたことは、社交辞令でもなんでもないのだから。すべて正当な評価ですよ」
真正面から言われ、リリーは思わず俯いた。
なんと返せばいいのかわからなかったのだ。
そんなリリーに、マリーはぎこちない手つきで、リリーの手を撫でた。
両親がよくしてくれたように。
ことのほか、優しい仕草だった。
自信をもって。
そう、元気づけようとしてくれているように感じて、リリーはゆっくりと顔をあげた。
思いかけず、優しげなマリーの瞳とかちあい、そこでリリーは気がついた。
こんな風に触ってくれる人は、両親の死後、初めてかもしれないと。
マリーとはずっと仲良くしたいと思っていた。
同時に、自分のせいでそれが叶わないだろうことも。
それが、こんな形で叶う日が来ようとは。
マリーと少しだけ心の距離が縮まったように感じて、リリーは優しく撫でるマリーの手に、己のそれを重ねた。
義理とはいえ、家族と呼べる人がいることを、こんなにも嬉しく感じながら、リリーはただマリーの手の温もりを感じていた。
それから数日後。
マリーは領地に帰って行った。
もう少し居てはどうかという誘いに、彼女はやんわりと首を振った。
残念そうにするリリーたちに、別れ際、マリーはこう言い残した。
社交界シーズンが終わったら、二人で領地に帰ってきてほしい。
あなたたち家族が帰って来るのを、首を長くして待っているからと。
まだ照れ臭そうにしながらも、マリーがどんな気持ちでそう言ったのか、リリーは思わず考えた。
ーーお義母様もまた、変わらなければならないと思ったのかしら。
マリーは今までの自分に向き合い、前を向く決意をしたのだろうか。
サイラスがそうだったように。
ケビンやエルバートがそうしたように。
だとしたら、なんだか自分だけが取り残されているような気がして、リリーはひどく不安になった。
一生、過去の自分が抱いた汚い感情を忘れないようにしようと思った。
善良な人間、立派な淑女として生きていくために、己を律し耐え忍ぶ道を選んだ。
それが、自分にできる最善の行いであり、償いだと信じて疑っていなかった。
しかし。
しかし、もしかすると……。
「リリー」
突然肩を叩かれ、リリーはびくりとした。
隣を見れば、サイラスが不思議そうにリリーを見やっている。
「どうかしたのか?不安そうな表情をして」
「な、なんでもありません。その、少し考え事をしていただけで。お気になさらないでください」
「そうか……」
なんだか表情を曇らせるサイラスに、リリーはまたやってしまったと思った。
ぼんやりしてサイラスに声をかけられるのも、これで何度目だろう。
気をつけようとしているのに、なかなか上手くいかない。
落ち込むリリーに、しかし、サイラスは唐突に言った。
「敬語はやめにしないか」
「え?」
リリーは、キョトンとした。
どうやらサイラスは、リリーの失態を気にしてはいないらしい。
むしろ、他のことが気がかりな様子だった。
「君は、ずっとわたしに対して敬語だろう?それをやめにしてくれないかと言ったんだ」
リリーは戸惑った。
指摘されて初めて、敬語を使っていたことに気づいたからだ。
妻が夫に敬語で話しかけても別段、非常識にはあたらないが、二人っきりの場面では、よそよそしかったかもしれない。
無意識だったのだろうが、なんだか申し訳なく思った。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝ってほしいわけじゃないんだ。ただ、母上と話し合えと背中を押してくれた時、君はわたしに対して敬語じゃなかっただろう?他人行儀じゃない君の素のことばだったからこそ、わたしは素直に耳を傾けた。心に響いたんだと思う。わたしはきっと嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「ああ。君が必死で言ってくれているのがわかったからね。あれは間違いなく、君の本心だった。いつも遠慮して自分の気持ちを言わない君だからこそ、わたしは嬉しく感じたんだ」
「それは……」
「もちろん、君が嫌なら今まで通り敬語でも構わないよ。でも、君の"ことば"で話してほしい」
「わたしの"ことば"?」
「そう。君が、母上と向きあえと言ってくれたように。わたしは、君の本心を知りたいんだ。ダメかな?」
「…………」
リリーは逡巡した。
別に敬語にこだわっているわけではない。
思わず敬語になるのは、きっとリリーの心がそうさせるのだ。
サイラスとの関係をそのまま体現している。
つまり、心の距離そのものだった。
そして、サイラスもまた、そのことに気がついている。
二人の間にある大きな壁を。
おそらく、先日マリーがリリーの発言に対して、複雑そうな表情を浮かべたのも同じ理由からだろうと思われた。
ーー心のありようを一朝一夕に変えることはできないわ。
サイラスも、それはわかっている。
いや、わかっていて、言ったのだ。
敬語は関係ない。
リリーの"ことば"、つまり心そのものを。
サイラスは知りたいと言ってくれているのだ。
亡き夫であるジェイソンにさえ、そんなことは言われたことがなかった。
彼はいつだって表面的な部分でしかリリーを見てはくれなかったから。
ーーでも、わたしの心は汚いわ。誰かに見せられるようなものじゃない。
七年前のあの日からずっと、醜いもう一人の自分の表情が忘れられなかった。
邪な感情は、ずっとリリーの中でくすぶっているのだ。
心をさらけ出した時、内部に存在するそのケダモノに、きっとサイラスは気づくだろう。
それでも彼は知りたいと思ってくれるだろうか。
リリーの心を見たいと言ってくれるだろうか。
リリーは不安げに首を振った。
「ごめんなさい、サイラス……わたしには……」
「いいんだ」
思いのほか、サイラスの声音は優しかった。
リリーがそう言うことを、どこか予想していたような。
そんな態度だった。
「いいんだ、リリー。知っていてほしかっただけだから。わたしが君のことを知りたいと思っていることを。そして、それはずっと変わらないということを」
リリーはなにも返せなかった。
サイラスの穏やかな表情から逃れるように下を向いて、ただ頷くことしかできない。
それでも、サイラスは満足したように笑った。
ふと思う。
やはり、自分は変わらなければならないのだろうかと。
もし変わったら、その先になにが待っているのだろうかとも。
その問いの答えを、リリーはいまだ出せずにいた。
マリーと和解した日の夜遅く、サイラスはしばらくこの国を離れるというケビンから、手紙を受け取っていた。
なぜか手紙からほのかに獣臭を感じたが、あまり気にしなかった。
気になるのは、その内容だからだ。
ケビンは、リリーの両親が亡くなる前、彼らが屋敷で小さな集まりを開いていたことをつきとめていた。
その席で、アリシアが客人と談笑中に突然、取り乱し始めたということも。
翌日、夫婦揃って急に出立した事実を考えると、その一件が引き金だろうと思われた。
集まりに参加していたメンバーの名前を記しておくので、社交界シーズンになったら、直接尋ねてみてはどうかというケビンの文章に、サイラスは大きく頷いた。
もちろん、サイラスはそうするつもりだった。
ウォリンジャー夫妻の死の真相をつきとめることが、ひいてはリリーへの脅迫の真相に繋がるかもしれないからだ。
ケビンは、リリーの実家があるモンゴメリーの領地で最近多発している物騒な事件についても調べてくれていた。
川を渡る大橋が壊れたのは、完全に天災によるものであるが、それをきっかけに、復興を邪魔するような動きがあるという。
つまり、約五年前から不穏な事件が続いているということだ。
七年前でなく、五年前であることに意味はあるのだろうかと、サイラスは考えた。
サイラスとしては、ジェイソン・キャトリーの死がすべての発端だろうと思っていた。
しかし、二年も間が空いていることを考えると、モンゴメリーでの事件はまた違う意図が働いているのだろうか。
ケビンも同じように考えたようだったが、結局よくわからないと綴っていた。
とりあえず、この件は後でゆっくり考えるとして、サイラスは手紙の続きを読み進めた。
そして。
七年前から、リリーが頻繁に教会の懺悔室に通うようになったということを、サイラスは初めて知った。
なんとなく察してしまう。
リリーはきっと自分のことが嫌いなのだと。
どうしてそう思っているのかはわからないが、なにかにひどく罪悪感を抱いていて自身を責めているように思える。
懺悔室に通うくらいだ。
よほど気に病んでいるに違いなかった。
ーーリリーの性格から察するに、今まで誰にも相談できずにきたのだろうな。
自身をさらけ出すことに怯えている彼女の力になってあげたいと思った。
同時に、リリーが望まぬ限りしゃしゃり出るべきではないことも。
ただ、知っていてほしかった。
リリーの心を知りたいと思っている人間が少なくともここに一人はいるということを。
だから、リリーにはそう伝えた。
遠回しな言い方だったが、リリーならその意味をきちんと理解してくれるだろうと考えて。
もちろん、ただ困らせてしまっただけかもしれない。
しかし、リリーがそうあってくれたように、サイラスもまた、リリーのありのままを受け入れたいと思ったのだ。
俯いているリリーを、サイラスは見つめた。
彼女から、なにか思案する気配を感じとり、今はそれだけで十分だと思いながら。




