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彼女の彼氏  作者: あやち
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彼女の彼氏は違いがわかる

私には友達がいる。


彼女である。

国宝並みにかわいい彼女を守る為に、ここでは便宜上彼女と呼んでいる。

説明を省略しようかとも思ったが、忘れている人もいるかもしれない。

私もたまに前日の晩ごはんが何だったを忘れる。

たった一日前だ。

人類は月へ行き、海底を調査し、スマホ一つで世界中と繋がれるようになったというのに、昨日食べたものすら怪しくなる。

ちなみに今思い出そうとしてみたが駄目だった。

たぶん美味しかったと思う。


人間の記憶力とは案外そんなものである。


彼女はベラボーに可愛い。

ベラボーの意味は説明して欲しいが、この可愛さについては説明不要かもしれない。

富士山が富士山であることを毎回説明しないように、彼女が可愛いことも毎回説明する必要はない気がする。


だが私は友達なので説明したい、友達とはそういう生き物である。


そして彼女には彼氏がいる。

彼女の彼氏は変わっている。


こちらも説明不要だと思う。

むしろ説明すると説明の方が負ける。


変人というものはそういうものである。




ある日、彼女はほんの少しだけ髪を切っていた。


私が気付いたのは三時間目が終わった頃だった。

同じクラスにいて三時間かかった。

かなり健闘した方だと思う。


以前は一週間全く気付かなかったこともあり、あの時は怒られた。理不尽な世の中だ。

髪は毎日少しずつ伸びるのに、切った瞬間だけ気付けと言われても困る。私は美容師ですらないのに。



中休み、私はそのことを彼女に伝えた。


「遅い」

彼女は笑う。今日も可愛い。

怒ってはいないらしい、助かった。


「三センチ切ったの」


かなり頑張ったと思う。難易度の高い間違い探しの答えをよく気づけた。我ながら天晴れである。拍手喝采を浴びてもいいくらいだ。


その時だった。


「切ってる」

彼だった。


移動教室なのだろうが、いつの間にいたのだろう。

彼女の彼氏は決して背が低いわけでも、気配が薄いわけでもない、なんなら忍びの者でもないはずだ。


なのにたまに突然現れる。

野生動物みたいなところがある。

山道を歩いていたら鹿がいた、くらいの自然さでいる。隠れていたわけではない、向こうも普通にこちらを見ている。

ならなぜ気付かなかったのかと言われると困る。

とても困る。


「分かるの?」


「分かる」

即答だった。そこに迷いはなどなかった。

今日も今日とて曇りなきまなこで彼女を見つめている。


「全然ちがう」


なるほど、正直に言おう。

違うと言えば違うが、変わらんと言えば全く変わらん。

私は星を見れば星だと分かるし、犬を見れば犬だと分かる。未だにビニール袋を猫と見間違えたこともない。

ただ、見ただけではあの星の名前を当てられないように、髪を三センチ切ったことは、そんな瞬きの間では分かりっこない。

人類もまだ、そこまで高性能ではないはずだ。

少なくとも私は違う。


「そんなに違うかな?」

と少し首を傾ける彼女。


「軽い」

と彼。


ふむ、なるほど。

髪が減れば軽くなる。

当然だ。切ってるのに毛量が増える、そんなことはあってはならない。自然の摂理な反する。酸素がなければ大体の生物は生きていけないくらい至極当然のことだ。

だが見ただけで軽さが分かる理屈は分からない。

人間にそんな能力が備わっているなら、空港の手荷物検査場にもっと採用されているはずだ。

少なくとも私は知らない。


「そんなに違うかな?」

彼女自身も大きなイメチェンを図っていたわけではないだろう。


「分かる」


「なんで?」


「見たら」


会話が終わった。

終わったというより行き止まりだった。

彼との会話には時々こういうことがある。

本人の中では完結しているのだろう、だがこちらには説明書が付属していない。

人生には避けられないものがある。

老いとか。死とか。彼との会話の行き止まりとか。

そういう類のものだ。

だが彼女はとても嬉しそうだった。

だからいいのだろう。


たぶん。


その日の放課後、私はやはり最新型の高性能彼女観測機の性能が気になり聞いてみた。


「うん、変えたらいつも気付くよ」

少し照れている。


「気付く」


シュシュ

「気付く」


チークの色

「気付く」


これだけの性能の恐ろしさだと、かのアルセーヌルパンも真っ青であろう。とっつぁんも早く導入するべきだ。


「慣れた」

慣れとは恐ろしい。

人類はたいていのことに適応する。

文明もそうやって発展してきた。適応し、順応し時に変革が起きここまで生き残ってきたはずだ。


「この前なんてね」


また彼女が笑いながら言う、私は嫌な予感がした。

だいたい笑いながら始まる話はろくでもない。


「ほんとにちょっと前髪切っただけなんだけど、それも気付いた」


私は黙った。彼女も黙った。教室も静かだった。

窓の外では野球部が走っていた。

平和だった。だから余計に怖かった。

同じクラスでほぼ毎日顔を合わせているこの私ですら。


少しの静寂を切り裂いて、彼女が言う

「なんで分かったのか聞いたの」


「そしたらね」


思い出してるのだろう、笑いながら

「嬉しそうだったから、だって」


私はしばらく黙った。

彼女も笑っていた。

窓の外では野球部が走っていた。

世界は平和だった。

私だけが致命傷を負っていた。

救急車を呼ぶほどではない、だが確実に致命傷だった。


どういうことだろう。

前髪が短くなったことよりも、前髪をうまく切れて嬉しそうだったことに気付いたらしい。

つまり彼は髪を見ていたのではなく彼女を見ていたことになる。


怖い。

いや怖くない。

やっぱり少し怖い。


高性能彼女観測機だと思っていたが違ったのかもしれない。あれは観測機などではない。

観測衛星である。

地上からでは見えないものまで見ている。

国が違えば軍事利用を疑われてもおかしくない性能だ。


彼女の彼氏は変人だ。普通ミリ単位で切った前髪なんてわかりはしない。

だが少しだけ気付いたことがある。

彼は変わっているのではなく、見ている量が違うのかもしれない。


私は彼女を友達として見ている。

彼は彼女を彼女として見ている。


その違いなのだろうか。

皆目見当もつかない。


恋愛は相変わらず難しい。

もちろん数学も難しい。だが数学の方は答えがある分、いくらかマシに思えてきた。


恋愛は星の数ほどある回答の中から、最適解を求めて出さなければならない。

恋と愛の違いすら分からない私には難易度が高かった。

だが、愛とはためらわないことだと誰かが言っていた気がする。誰だったかは忘れた。

人類は案外そういうものである。


なぜなら昨日の晩ごはんも思い出せないのだから。

人間の記憶力とは案外そんなものである。

もっとも。


彼女の彼氏は違うのかもしれないけれど。

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