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彼女の彼氏  作者: あやち
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彼女と彼氏のランチタイム

私には友達がいる。


昨今、個人情報の取り扱いにはうるさい世の中なので、彼女と呼ぶことにする。


友達の贔屓目が入っていることは認めるが、その彼女はベラボーに可愛い。

友達の贔屓目を差し引いても可愛いし、差し引かなければもっと可愛い。


顔とかそういう話ではない。

もちろん顔も可愛いのだと思う。


だが私には人の顔の良し悪しを判定する能力があまりない。

彼女は笑うと可愛いし、怒ると可愛いし、たまにパンの袋を開けられなくて本気で困っている時も可愛い。

そういう全部をひっくるめて可愛い。


そんな彼女には彼氏がいる。


私はリスクヘッジができる女子高生なので、同じように名前は伏せる。

そんな彼女の彼氏は、変人である。


どこが、と言われるととても難しい。

なにが、と聞かれてもとても悩ましい。

真面目に考えて、真面目に行動した結果、たまに一般社会と違う出口から出てきてしまうだけである。

それゆえに変人と言っても過言ではない。




昼休みだった。

四時間目の数学によって瀕死になった脳を休ませるため、私は窓の外を眺めていた。


高校生が窓の外を見る理由はだいたい二つである。

「青春」か「現実逃避」だ。

空の青の深さについて考える人間には、未だ出会ったことはない。


中庭には何人か生徒がいた。

ベンチで弁当を食べている者もいれば、木陰で話している者もいる。

いつもの平和な昼休みだった。


その中に彼女を見つけた。

ベンチに座ってパンを食べていた。


可愛い。


友達なので分かる。

富士山が遠くから見ても富士山であるように、彼女も遠くから見ても彼女なのである。


そしてその隣に彼もいた。

いや、隣という表現は少し違うかもしれない。

彼はベンチにいなかった。


地面だった。


ベンチの真横で体育座りをしていた。


私は目を細めた。

視力の問題ではない。

事実確認である。


人は理解できないものを見た時、とりあえず目を細める。

何度見ても彼は地面だった。


もちろん1人掛けのベンチではなく、もう2人ほど座れるベンチだ。

そしてそのベンチは別に塗りたてでもなければ、壊れかけでもない。

何十年もの間、雨にも台風にも負けず、生徒たちの尻によって温められ、磨かれ、昼寝の舞台になり、時には告白の現場にもなってきたであろう我が校歴史あるベンチである。


座られることに関してはベテランだ。


それなのに彼は地面だった。


ケンカをしたと言う話しは聞いてないし、そんな雰囲気でもない。

もちろん彼女が同じベンチに座れると思うな、などと言うタチでもない。

これをみて気にならないやつは、気にすることを無駄なだと笑うのだろうか。


無駄なことをしてこその人生だというのに。



だからといって彼を見に行くほど私の人生も暇ではない。



友人に一声かけ、私は席を立った。



もちろん彼を見に行くためではない。

四時間目の数学によって私の脳は深刻な被害を受けていた。

脳というものは糖分を消費するのだ。ちょっと前にテレビで見た。つまり昼からの勉学の為にもエネルギーの補給が必要である。ちょうど喉も渇いていたし。

これは生命維持活動なので誰にも止める権利はない。

まあ結果として、自販機は中庭の近くにある。

そして彼女と彼も中庭にいる。


それだけの話である。

偶然というのは案外そこら中に転がっている。

私はその偶然のど真ん中を歩いているだけだ。


たぶん。


私と彼女は友達だ。その彼女と彼女の彼氏、いわゆる恋人達のランチタイムを邪魔するほど野暮ではない。

彼女の後姿を横目に自販機で炭酸飲料を買い、無事に生命を維持する事ができた私は、そのまま教室へ戻る予定だった。


本当に。嘘偽りなどなく。

予定では。


だが帰り道にももちろんベンチがあった。

そして彼女もいた。目が合った。

彼もいた。目は合わなかった。


彼女に手招きされ、近寄る。

脳のエネルギー消費率が高すぎて幻覚でも見たかと思ったが、そうではなかったらしい。


少し安心した。

彼女はパンを食べていた。もう食べ終わる。


彼は彼女を見ていた。

正確には見上げていた。


まるで花を見ているみたいだな、と一瞬思ったが、そんなことを考えた自分が少し恥ずかしくなったので忘れることにした。


私は彼女の隣へ腰掛けた。


ベンチに。

人類の発明と、日本製品を信頼しているからである。


彼は一度こちらを見た。


軽く会釈をした。

私も会釈を返した。


普段からそんなものである。

仲が悪いわけではない。

ただ、仲が良くもない。

おそらく二人ともそれで困っていない。


少しの沈黙の中、彼女がパンを食べおわる。


彼は彼女を見ていた。

正確には見上げていた。

見ていたという表現も少し違うかもしれない。

なんというか、眺めていた。

美術館の絵に対してやるやつである。

私は彼女を見た。

彼女は気にしていない。

慣れているらしい。

それならまあいいのだろう。

…いいんだ?


「何か付いてる?」

と彼女が聞いた。


彼は首を横に振った。


「今日は下から見たかったんだって」

と、彼女。


私は炭酸を吹きそうになった。


危なかった。

購入して十分も経っていないエネルギーを失うところだった。


「普段、上からだから」

と彼は続けた。

そこでようやく少し理解した。


彼は彼女より大きい。

並んで歩いても、隣に座っても、見えるのは少し上からの彼女である。


だから今日は下から見たかったらしい。


なるほど、分からん。


いや、理屈は分かる。

分かるが、その結論として地面に座る発想が出てくることは分からない。

普通なら席を交換するとか、向かい側に座るとか、そういう選択肢が先に来る気がする。


だが彼の中では違ったのだろう。

彼女も笑いながらパンの袋を畳んでいた。


彼は見上げていた。


幸せそうだった。


無表情だったけれど。


その辺りはやはり彼女にしか分からない領域だ。


予鈴が鳴った。


彼女が立ち上がる。

彼も立ち上がる。

私も立ち上がる。

彼は制服についた砂を払った。


それだけで、今日やりたいことは全部終わったという顔をしていた。


無表情だったけれど。


私は二人の少し後ろをついていきながら思った。


恋愛というものはよく分からない。


好きな人を見たいという気持ちは分かる。

だが、そのために地面へ座ろうと思ったことは一度もない。


たぶんこれからもない。


そして明日もまた、窓の外を見れば彼は何かしら変なことをしているのだろう。

別に興味があるわけではない。


本当だ。


ただ、もし地面以外の場所に座っていたら、それはそれで少し気になる気がした。

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