希望
風がざわつき、空気が重くねじれる。
胸の奥までひんやりとした違和感が広がる。
「……くっ、何だよ、これ……?」
レイは思わず小さく呟き、足を止めた。
視線を上げると、〈残光〉全体を覆う黒い霧――
絶望の魔徒たちが無数に這い回り、
地面や建物に絡みつくように広がっていた。
戦士たちは必死に剣を振るい、魔徒を斬る。
しかし、斬った魔徒の黒い霧はすぐに消え、
別の場所から新たな魔徒が湧き出す。
無限に、果てしなく。
「くそっ……倒しても倒しても……!」
戦士の叫びが、ざわめく黒い空気に吸い込まれる。
恐怖と焦燥で、誰もが声を失っていた。
レイは拳を握りしめ、戦士たちを守りながら
前に踏み出す。
「少しでも…魔徒を減らす!!」
拳を振り下ろすたび、
黒い霧の魔徒が吹き飛び、地面に砕け散る。
だが、闇は決して消えない。
拠点の中央――漆黒の影が一点に集中する。
黒い霧が渦巻き、拠点の空気が瞬間的に
重くねじれる。
胸の奥までひんやりと冷たさが染み込む。
戦士たちは思わず足を止めた。
――その視線の先に、巨大な影がゆっくりと降りてきた。
レイの前方、地面が微かに震え、
黒いオーラを纏った魔将が着地する。
鎧に包まれたその体躯は、拠点の建物と比べても
圧倒的な存在感を放っていた。
重厚な剣が地面に触れるたび、
地鳴りのような低い振動が走る。
その瞳は、光も希望も拒む冷たさに満ちていた。
戦士たちの息が一斉に止まり、
遠くで誰かが小さく呟く――
「……やべえ……」
レイは拳を握りしめ、恐怖と決意が
胸の奥で混ざり合う。
目の前に立つ魔将は、すでに〈残光〉全体の空気を
圧し潰すような威圧感を帯びていた。
「……っ、くそ……!」
レイは拳を握り、魔将へと一歩踏み出す。
「……くっ……!」
振り下ろした拳は、魔将の鎧に弾かれ、
空気を切る音だけが響いた。
重厚な剣を一振りしただけで、
地面がわずかにひび割れ、
周囲の魔徒まで震え上がる。
戦士たちは必死に魔徒を抑えようとするが、
黒い霧は無限に湧き出し、圧力は増す一方だ。
レイは何度も拳を振るうが、魔将は一歩も動じず、
圧倒的な存在感で彼を押し潰す。
「……くそ……!」
魔将の鋭い視線がレイを捕らえ、
一瞬の隙も与えない。
何度も拳を振り上げるも、
鎧に弾かれた衝撃が腕を震わせるだけ。
レイは思わず立ち止まり、頭の中で小さく呟いた。
「……俺は感情を力に変えることはできない……」
――子どものころから、心に湧く怒りも悲しみも、
不安も恐怖も、拳に込めても、力にはならなかった。
守りたいもののために、何度も手を伸ばした。
だが、そのたびに壁に阻まれ、
無力さだけが胸を締め付けた。
「だから戦士を諦めた」
レイは拳を握り直し、冷たい視線の先
――魔将へと再び踏み出す。
恐怖を振り払うように、ただ前へ。
「お前らなんかに…日常を奪われてたまるかよ!!」
その言葉と共に、胸の奥に押し込めていた恐怖、
焦燥、守りたいものへの想い――
すべてが一気に拳へと流れ込む。
空気が震え、黒い霧の魔徒が一瞬だけ後退する。
戦士たちの視線が一斉にレイに注がれた。
――彼の拳には、ただの力ではなく、感情そのものの重みが宿っていた。
「……っ!」
振り下ろされた拳が、魔将の鎧に触れる。
それまでびくともしなかった鋼が、
わずかに凹む感触が腕に伝わる。
「……なっ……!?」
魔将の瞳が、一瞬、鋭さを失った。
その威圧感に押し潰されていた戦士たちも、
息を呑み、希望の光を取り戻す。
レイの胸の奥で、恐怖が怒りに、
焦燥が守りたい想いに変わっていく。
拳を握り直し、再び踏み出す。
「俺は…俺の拳で、みんなを守るんだ!!」
次の一撃で、黒い霧の魔徒が吹き飛び、
地面に砕け散る。
そして、魔将の鎧が大きくへこむ。
「これが…希望だ……!」
戦士たちの目に、希望の光がわずかに戻る。
レイの胸にも、久しぶりの熱が込み上げる。
「みんな、諦めるな!希望を信じ続けてくれ!!」
だが、その瞬間――
「……っ!?」
後ろから、凍りつくような視線が迫る。
レイが咄嗟に振り返ると、そこには――
黒いオーラに包まれた絶望の魔帝が、
静かに立っていた。




