人質交換
「つまり、僕がミミと結婚しても、皇室にスタリトレーガル王家の血が入ってくることはない、ということだね?」
「血は入ってきませんが、身分はスタリトレーガル第1王女のままですわ」
まだ一歩も前進していない。
それでも僕は気楽になった。
ミミがどんな血を引いていても妻にほしいと思ってはいたが、民が心から祝福できる相手の方がいいに決まっている。
そういう意味で、スタリトレーガル王家の血はアウトだった。
「知っているなら教えて欲しかったよ」
「確信がなかったのです。その代わりに乳母の夫は見たことないのかと聞きましたでしょう?」
ミミは亡くなった二人を思い出したのか、悲しい顔を浮かべた。
僕は立ち上がり、ミミの隣に座って、手を握った。
毎日、カルーリア邸を訪ねてミミと話をしているが、ミミがホストで、僕がゲストだ。
普段は他人の距離で我慢するしかないが、こういう時ぐらいは許してくれるだろう。
「あれはそういう意味だったのか......」
「イケメンでしたのよ。わたくしに似で」
ミミは、僕が心配していることを察して、冗談めいた表現で明るい雰囲気に変えようとしてくれた。
ああ、こういう時に、抱きしめてキスができないなんて、本当にもどかしいな。
早く結婚したい。
乳母が夫を連れてミミに会いに来るという行動は、ミミの父親がゲール卿で、ミミはミランダ姫ではないことを帝国に白状するのと道義だった。
文書には残していないし、声に出して言ったわけではない。
それでも、ゲール侯爵夫妻が危険を顧みず顔を晒した理由は、その後、カルーリア侯を介して、ミミとミランダ姫の人質交換の交渉を進めるためだった。
姉がいたころは、姉が断っていた。
神託を知っている姉は、聖女と同じく、ミミに特別な思い入れがあるようだ。
神の使徒たちが知る神託の物語でのミミがどのように描かれていたのかとても気になる。
姉が嫁ぎ、交渉の窓口が祖母に変わってから、皇室側は人質交換を了承した。
祖母は、ミミを正式に僕の妃候補にするためのミミの身分替えを念頭に入れていた。
しかし、今度は、ゲール侯爵側が合意できなくなっていた。
その頃にはミランダ姫はゲール家の家族同然になっていたのだ。
「ミミと離れ離れになって思うんだけど、その頃にゲール侯爵令嬢として妃候補になってしまって今みたいに離れて暮らすことにならなくてよかった」
「結果的には、ですわね……」
そういうわけで、ミミはこれまでずっと捕虜の身分のまま、皇室で隠し育てられた。
姉は神の使徒として、神託の知識を持っているが、神託の流れを大きく変えてしまったことがいくつもある。
その一つが僕とミミの関係だ。
神託では、僕とミミに接点はなかった。
僕にも理由は分かる。
祖父を騙し討ちにしたスタリトレーガルの姫は、絶対に帝国の皇后にはなれない。
万が一にも間違いが起きないように、僕とミミは徹底的に離して育てられたのだと思う。
神託を知っていた姉のおかげで、僕達は兄妹のように育ち、兄妹でないとわかった後は、すくすくと恋心が育った。
今は、ミミの本当のご両親の喪中で、言い出すのも憚られるが、早く結婚して、我が家に取り戻したい。