第四十三話:酔えぬ夢
「ひより様も飲みますか〜?」なんて言いながら楽しそうに話していたのは、ひよりと奏人だった。
「あっ」
ひよりが隼人に気づき、嬉しそうに小さく手を振る。
「それ、何に使うんですか?」
渋々ひよりたちの元へ歩み寄る隼人。奏人の問いに、気まずさから視線を逸らしながら答える。
「水を汲むんです」
それだけ言うと、奏人は目を輝かせた。
「ひより様!僕も水汲みやってみていいですか!?いいですよね!」
ニコニコしながら奏人がひよりに問いかけるが、ひよりは困ったように視線を泳がせる。菜摘に「お前は腹壊すからやめろよ」と釘を刺されていたため、公園の水を汲んでもいいものか迷っていた。
「奏人様はお止めになったほうがいいと思いますよ。スラム出身だと伺っていますが、離れて暫く経つと水道水への耐性が薄れているかもしれません。お腹を壊されますよ」
隼人はそれだけ言うと、持ってきたポリタンクに水を入れ始めた。ひよりや奏人と目を合わせたくない一心で、ただ早く水が溜まることだけを願う。
沈黙が続く中、ようやく20Lのポリタンク二つが満水になる。
「では、失礼します」
隼人は短くそう告げ、立ち去ろうとした。
「ひより様、先に帰っててくださ〜い!僕も水汲みたいので!」
奏人が隼人の前に回り込み、片方のポリタンクをひょいと奪い取る。ひよりはその光景を見て、「明らかに嘘だ」と感じながらも、素直に先に帰ろうとした。自身がここに居るべきではないような気がしたのだ。
「あっ、ちょっ、待ってください!」
「嫌で〜す!」
ひよりは、にこにこと手を振る奏人に、小さく手を振り返してからその場を離れる。
奏人は20Lのポリタンクを軽々と持ち、軽快な足取りで先頭を歩く。
「運ぶのを手伝っていただけるのはありがたいですが、一人で持てますから!返してください!」
どんどん惨めさが募り、強い口調になる隼人。しかし奏人はお構いなしに歩き続ける。
「なんで怒ってるんですか〜?」
突然立ち止まると、奏人は隼人の顔を覗き込み、鼻先が触れそうな距離まで近づいた。無邪気な笑顔が逆に恐ろしい。
隼人は怒鳴ろうとしたが、次の言葉に凍りついた。
「なんで被害者ぶるんでしょうね。底なし沼だと分かっていながら、家族を引き連れて片足を突っ込んだのは隼人なのに」
奏人の笑顔は崩れない。隼人はブルブルと震える手を必死に抑えようとするが、言うことを聞かない。
「今朝、隼人とひより様が揉めてるの見たあとすぐに、菜摘に調べてもらったんです。そしたら、不思議ですね〜!隼人のご両親よりも先に、隼人がフクロウに入信してるじゃないですか!」
その言葉に、隼人は右手のポリタンクをガタンと落とす。膝から崩れ落ち、頭を抱えて泣き始めた。
「人のせいにするから惨めになる。自分を信じられないから酔いが浅かった。隼人みたいな単純な人は、ず〜っと覚めない宗教心に酔いしれていた方が幸せだったのに。残念ですねー」
まるで映画の悪役のように微笑みながら、奏人は淡々と追い打ちをかけた。
「どうして……どうしてこうなったんだろう」




