第四十一話:弔いの炎
安藤の微笑みに、ひよりはハッと目を見開いた。隼人、そして奏人が無言でひよりの背中をポンと叩く。小さく息を呑んだひよりは、震える唇を開く。
「我らが創造神様の思し召しのために……天命を享受しなさい。――荼毘」
呟いたその瞬間、真っ赤な花畑が咲き乱れるように墓の周囲を炎が覆い尽くす。だが燃えているのは安藤一人。彼はまるで熱さも痛みも感じないかのように、穏やかな顔で眠るように燃えていった。
「本来は、司教や司祭といった上位の役職者が天命を享受した者たちの火葬を執り行うのです。他の教団は知りませんが、少なくともフクロウでは。このお墓は旧日本式……つまり、魔女が誕生する以前に主流だった形式です」
残った骨にそっとしゃがみこみ、手を合わせる隼人。その横顔は、どこか悲しげだった。
「うちじゃ、大きな釜で骨を入れて……粉々に砕くんだっけ?」
ひよりが呟くと、隼人はコクリと頷いた。フクロウの教徒である安藤は、本来なら教団のやり方に従うべきだった。しかし、家族が旧日本式の墓に入っているということは、それを拒んだのかもしれない。
「持って帰って……教団に聞いてみようか」
ひよりが提案すると、奏人がズボンのポケットを漁り始めた。
「エコバッグしか手持ちがないんですけど、これでいいですか〜?」
エコバッグで遺骨を運ぶなんて……ひよりはさすがに「うーん」と唸った。隼人も目を見開き、ありえないといった表情だ。しかし、他に運べるものはない。仕方なく、三人は「ごめんなさい」と再度手を合わせて、エコバッグに骨を入れさせてもらった。
「魔女様、早く!罰当たりすぎて罪悪感で押しつぶされそうです!急いで帰りましょう!」
隼人と奏人が車へ向かう。ひよりはその背を見送りながら、しばし墓を見つめ続けた。ここ一帯は、手入れもされず木々に覆われ、崩れた墓が散見される。もう誰も訪れないのだろう。
(――もうここは閉鎖空間じゃない。想像力が身につくことはいいことだ。しかし、想像した先にどんな影響があるかまで考えろ)
菜摘の言葉が、再び胸をよぎる。
「分かってるよ。想像した先の姿が、ちゃんと見える」
ひよりは小さく呟くと、隼人と奏人を横目に見た。
「みんな同じなんだ。宗教が違っても、故人を想うために生まれた場所なんだ……」
目を閉じれば、安藤の穏やかな笑顔が浮かぶ。その笑みに釣られるように、ひよりも微笑んだ。そしてそっと手を伸ばす。
「ここに眠る人たちが、今を生きる家族に見つけてもらえますように……――荼毘」
その願いとともに、墓地一帯に再び花畑が広がった。咲き誇る炎の花は伸び放題だった草木を焼き尽くす。数分後、そこには墓だけが残る殺風景な光景が広がっていた。
「赤だと、落ち着かないかな?」
ひよりの呟きに応じるように、炎は青白く色を変えた。
「私みたいな魔女に弔われても、嬉しくないかもしれないけど……また来るね」
絶対に消えることのない炎の花を手向けに、そう告げてその場を後にした。
車に戻ると、運転席の隼人は硬直していた。
「なんであの辺一帯が青いんですか〜?」
奏人が首を傾げながら問いかける。ひよりは少し考え込み、ゆっくりと答えた。
「気づいてくれる人が、いるかもしれないと思ってね」
奏人は「なるほど〜」と曖昧に頷き、隼人は「罰当たりが過ぎる……」と頭を抱えた。頭をぐわんぐわんと振り、ネガティブ思考に陥る隼人を、ひよりと奏人は落ち着いた様子で見守る。もうこの光景も、二人には見慣れたものだった。
隼人はペーパードライバーだと言い張るが、実際は運転も上手い。遅いが、歩くよりは確実に速いペースで進んでいくため、二人は心配することも少なくなっていた。
「あ"ぁ"ァァァーー!!」
その油断が間違いだった。墓地は往々にして角度のある場所にある。車が石で跳ね、腹を擦ったのだ。ガリッという嫌な音が響く。
「見えないし、大丈夫じゃない?」
ひよりは呑気に言うが、隼人の震えは止まらない。
「バンパーとフェンダーが擦れたくらいじゃ動じないのが走り屋らしいですから、大丈夫ですよ〜!」
奏人の言葉も呑気だが、内容が不穏だ。
「それ、誰から聞いたの?」
「硝子ですよ〜!」
やはり硝子に運転を任せるのは危険だ。ひよりの直感は正しかった。バンパーとフェンダーがどこかは知らないが、間違いなく修理案件だ。ひよりは思わず目を閉じる。
「遅かったな。和哉が昼飯用意して待ちわびてるぞ」




