第三十話:決めたこと
わいわいと騒ぐ面々の中、食事に呼びに来た和哉。その姿を目にした直哉は、途端に目を輝かせて立ち上がり、一目散に走り出した。
「お客様がいらっしゃるとは聞いておりませんので、お食事の用意はございません。お帰りください」
冷徹な声と同時に、和哉の周囲をそよ風が舞った。優しい風だが、タイミングは絶妙。直哉はバランスを崩し、飛びつけないまま足を滑らせて派手に転んだ。
「つめたーい!も〜、反抗期?思春期?変声期はまだ来てないよね??」
直哉は地面に座り込んだまま、満面の笑みで煽る。 そのやり取りに、菜摘とひよりは同時に「やめろ」という視線を直哉に投げる。しかし、そんな視線で止まるような直哉ではない。
「変声期はとっくに来てこの声ですが?」
確かに直哉の声は女性のように高い。しかし、誰もそれに触れないのは多様性の時代だからだ。それを平気で踏み抜く直哉の無神経さには、もはや脱帽するしかない。
「も〜。小さいときから全然変わんないから、今も可愛いよね。将来俺のお嫁さんになるって言ってたの、懐かしいな〜」
頬に手を添えて体をくねらせる直哉の奇怪な動きに、他の面々は無言で立ち上がる。「行きましょうか」と何事もなかったかのように食堂へ向かうのだった。
「なにこれ...初めて見る」
皿の上にはアルミホイルで包まれた謎の物体。お茶碗には黒っぽい米。見慣れたのは味噌汁だけという異様な食卓に、ひよりはやや尻込みしている。
「お米は二十四穀米っていう、とっても栄養価の高いものなんですよ。アルミホイルの中身は『鮭のちゃんちゃん焼き』。味噌ベースのタレで鮭と野菜を蒸し焼きにした料理です!」
和哉は少し誇らしげに胸を張る。説明を聞いたひよりは、恐る恐る席につき、アルミホイルの端をクンクンと嗅いだ。
「ひなちー、お行儀悪いから『いただきます』するまでは手はお膝だよ?いい子にしてて」
どこからともなく現れた直哉がひよりの頭を撫でる。ひよりは素直に膝に手を置いた。菜摘と和哉は無言で視線を交わし、「どこから湧いてきたこの変態」という顔をしている。
「ほら、お前がここの主だろ。食事の挨拶」
全員が席につくと、菜摘が促す。「挨拶?」と首を傾げるひより。すると、ふと何かを思い出したように目を伏せる。昔、直哉の家で家族揃って食事をしたとき、皆で手を合わせていた光景が脳裏に浮かんだ。
「あっ、」
ひよりはモゴモゴと口を動かし、言葉を探す。誰も急かさず、ただ静かに次の言葉を待った。
「藤宮ひよりっていいます。洗濯は苦手だけど、おひさまの匂いは好きで、料理はお肉を切るのは怖いけどカレーを食べるのは好きです。えっと、」
今朝、夕食までに自己紹介を考えておくよう言われていたのを思い出し、食事前に口を開いたのだ。だが、慣れない自分語りに言葉は少しぎこちない。
それでも、皆は温かい視線を向け、穏やかな笑みで相槌を打った。
「立派な魔女になります。みんなが私を信じてついてこられるように、がんばります。よろしくお願いします!」
言い切った瞬間、ひよりはキュッと目をつむった。小さく震える手が、その不安を物語る。
「それは、交渉決裂でいいのかな?」
「うん」
直哉の問いには、迷いなく即答だった。教団への思いは変わらない。勝手に生まれ、勝手に育ち、そして暴走した存在。それでも、生まれ落ちた日から終わりまで、共にあると決めた。
「はーい!ひより様、よろしくお願いします!」
奏人が元気よく右手を挙げ、ニッコリ笑う。その笑顔はまるで、ひよりを照らす太陽のようだ。
だが、ひよりが気にしていたのは奏人ではない。
「俺は、正直不安です」




