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短編集  作者: 斎木リコ
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いいわけ

お題「いいわけ」

 温泉に来ている。いや男二人で温泉って。


 でも、宿の人は温かく迎え入れてくれた。変な目で見られなくて良かったよ。


 考えてみれば、女子なら二人旅とか、あっても不思議はないもんな。男二人でも、友人との旅行なら、ありだよあり。


「れい! 窓の下に川が流れているよ!」

「どれ……おお、本当だ。結構いいね」


 窓の下には、護岸工事などされていない川が流れている。うちの近くにあるのはドブ川がせいぜいだからなー。


 サッドはここに来るまで、ずっとはしゃぎっぱなしだ。温泉は、テレビでしか見た事がないから、楽しみらしい。


 そういえば、俺も温泉に来るのは何年ぶりだろう。ひいふう……やべ、下手したら十年ぶりくらいか。


 最後に行った先は草津、家族旅行だったっけ……


「れい? どうかしたか?」


 サッドの声に、現実に引き戻された。


「いや、何でもない」

「そうか?」


 心配そうに見てくる目。へらりと愛想笑いを浮かべておいた。笑って誤魔化すのは、日本人の固有スキルだ。


 それにしても、直近の旅行が家族旅行とは。普通は、友達との旅行か大学の卒業旅行とかじゃないのかなあ。


 いや、家族との旅行もいいと思う。今は離れて暮らしているけれど、家族仲は悪くないし。


 友達も、いない訳じゃない。でも、友達との旅行って、そういえば行った事はなかった。あれ? 俺って、実は寂しい人?


 ちらりと、窓辺に座るサッドを見る。いや、寂しくはないはず。今は彼という同居人もいるんだし。


 全裸の異世界人だったのにな。今ではご近所になくてはならない人になってるけど。


 サッドは不思議な人で、側にいるととても落ち着く。出会いはアレだったけど、今では彼がいない毎日が考えられない程だ。


 ……あれだ、親友と言ってもいいんじゃないかな。




 温泉は偉大だ。あの大きな浴槽に浸かるだけでも、日々の疲れが溶けていく。ここ最近は在宅での仕事だったけど、ちょっと前は通勤の為に満員電車に揺られていたからなあ。その頃の疲労が溜まってたんだと思う。


 隣を見ると、サッドも同じように首まで湯に浸かって、顔が緩んでいる。温泉、気に入ったみたいだ。良かった。


 彼がくじで当てた宿泊券だ、本人が楽しめなかったら、意味ないもんな。


 風呂から上がったら、大広間での夕食だ。山の温泉だから、魚は川魚、山菜やキノコなどの山の幸がふんだんに使われている。


 あ、これ、馬刺しだ。


「……生の肉を、食べるのか?」


 あー、やっぱりサッドが困ってる。実は、刺身も最初は食べられなかったんだよなあ。何回かチャレンジしたら、食べられるようになったけど。


 でも、今でも好んで食べない。多分、彼がいた世界では生で魚や肉を食べる習慣がないんだろう。


 ……単純に、衛生上の問題かもしれない。


「生がダメなら、こっちで焼いて食べるといいよ」


 陶板の焼き物がついてるから、その上で焼けば食べられるんじゃないかな。生で食べられる肉だから、焼いてもおいしいと思う。


 サッドは、アドバイス通りに陶板で焼いて食べるらしい。恐る恐る口に含んだ彼は、次の瞬間驚きの表情になっていた。


「おいしい!」

「だろ?」


 うん、満面の笑みで、周囲の女性陣を虜にしているな。離れたところからも、熱い視線を感じるよ。


 ……一部、何やらねばっこい視線を感じる気もするけど、気のせいだよな。




 温泉には、一泊の予定で来ている。何せ当てた宿泊券が一泊だからね。


 非日常の旅行は、明日の朝には終わってしまう。何だか、もったいないな。


「もったいないな」

「え?」


 隣で寝ているサッドの言葉に驚いた。まさか、心を読まれた!?


 何せ彼は異世界人、地球人にはない能力があっても不思議じゃない。


 あたふたしていると、サッドが続けた。


「このまま、明日にはここから立ち去らなきゃいけないなんて」

「あ、ああ」


 そういう事か。サッドも、俺と同じ事を考えていたってだけだった。


 でも、何だかちょっと嬉しい。彼も、同じように感じている、その事が。「その……サッドが良ければ、今度また、温泉に行かないか?」


「え? いいのか?」

「うん。今度は違うところに行こう」


 何せ、日本は温泉大国だ。どこへ行っても、大抵温泉がある。


「どうせなら、今度はもうちょっと観光出来そうなところへ行こうよ」

「ああ、楽しみだな」


 おおう、イケメンの笑みはオーラが凄い。ああ、やっぱり……




 もう、親友なんていいわけ、通りそうにないや。

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