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 瞳を伏せたユリは口をつぐんだ。

「ユリ…俺は…」

「すとーっぷ!!!」

 口を開いた俺をしんと静まった街にそぐわない静止の声が響いた。


 視界に映るのはアスファルトの地面。

 驚いて、気づいた。

 いつの間にか俺は瞳を背けていたことに。


「りょーちゃん」


 目の前の人物に焦点が合った。

 両腕をそっと掴まれたと思うと、もう一度、ゆっくり、呼ばれた。


「りょーちゃん」


 まるで子供をなだめるような声だったけど、不思議と反発する気は起きず、胸に染みるようにじんわりと声が響いた。

 そんな俺の様子を悟ったかどうかは分からないけれど、ユリは再び、口を開く。

「さっきも言ったけど、これは私の言い訳で、自己満。

 そして、誰しも私と同じではないってこと。この大前提を忘れないでねぇ。

 だから、良ちゃんがショックを受けることはないのよ?」

「・・・」

「だからと言って、難しいよねぇ。

 無意識に人を傷つけたかもしれないって、すっごく後悔しちゃうよねぇ。

 わかるよぉ、わかるぅ!」

 腕を組み、上下に顔を振るユリは、いつものユリだった。

「まぁ、今回は私と良ちゃんもお相子だから、お互いにごめんなさいってことにすればいいかしらねぇ」


 子供の仲直りみたいな提案だ。

 自分でも思ったのだろう、ふふっと声を漏らすユリ。


「でね。知らないことは仕方がないと思うの。だから、もし、良ちゃんが私の話を聞いて、何か変わったなら、それを感じた人に言えばいいじゃない?」


 くるっとまた方向転換して、歩みを進めるユリ。

 再び、その背を追うように踏み出す。


「別に知らなくてもいいけど、知っておくと視野が広くなるって言う考えが根幹にあってね。

 前にさ、”経験するのも悪くないっ”って言ってたでしょ?

 良ちゃんの感覚で言うと、それに近いかぁーと思うんだ」


 とっとっと鳴らしていた足は、跳ねるように地を踏みはじめた。

 俺にとってはぴったりなパーカーは、今の持ち主には大きすぎて、跳ねるたびにフワリを揺れる。


「効率か非効率かとかもそうだし。

 知らないと損なこともあるし、知ってる得とか、損得で考えてもいいんだけど、

 知っていることが多いと、何かを決断しなきゃいけないなって時にたくさん考えれるからいいかなぁ。ってね」


 こちらの反応も気になるのか、時たま、くるりと回りながら言葉を続ける。

 まるでダンスでも踊っているように軽やかで、それがこの路地であることが不思議な空間であることを際立たせる。


「夢ってさ、恋みたいなもので、盲目になりがち。

 それでも、良いとは思うけど、知っておけばよかった!とかなってしまうと後悔しちゃうかもしれないじゃない?

 もちろん、知らなきゃ良かったってこともあるワケだけど、それは、大体、現実なワケ。

 だったらさ、現実を知っても、進むとか、進まないとか、決めた方が良くない?

 夢を夢でフワフワさせておくのも気持ちいいかもしれないけど、夢を現実にした方がもっと気持ちいいでしょ?」


 端々に出てくる表現はユリらしい言葉で、軽く聞こえてしまうけど、内容は重い。

 ユリが言う、黒歴史での経験からくる言葉だと分かるからこそ。


「損得勘定って言葉が正しいんだけど、私は損得感情。心の感情ね。

 どっちが自分にとってプラスな暖かい気持ちになるか、マイナスな暗い気持ちになるか。

そう言う心、つまり感情って考えたらよくない?

 損か得か、効率か非効率か。なんて、すごく冷静で、正しいことだとは思うけど、、、そうもいかないのが、人間じゃない?某氏の言葉にすれば『人間だもの』よ。

 損得じゃない、心を持っているのよ。私たちは」


 胃もたれのようなどこかスッキリしない。

 それは何故か。いや、何か気づいたーーーー俺にとっての”引っかかり”があるのかもしれない。


 訝しげな面持ちになっているだろう俺を見たユリはニッコリと笑った。


「命短し、悩めよ少年」


 ・・・なんとも言えない気持ちになったのは言うまでもないだろう。


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