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「あっ!」


 帰路の途中、突然、声をあげて離れていくユリ。

 数分前までは座椅子と同化していたとは思えないほどの復活だ。


「・・・どうしたんだ?」

 おかげさまで…この数時間の間に色々振り回された俺はもはやユリの突飛な行動に動じなくなっている。ある意味、悟りのようなものを開いた気がする。

「ちょっと、ねぇ。遠回りしてかない?」

 コテンと首を傾ける動作は幼く感じさせる。

 まぁ、こんな目が冴え切った状態では家に帰ったところで、眠れる気がしれないしな。

「仕方がねぇーな。付き合ってやるよ」

 ただ、素直にYESと言うのは(しゃく)なので、ひねくれた言い方をしてしまう俺はまだまだ子供であることを自覚してしまう。自覚したからと言って、治るものでもないことをこの濃厚な時間の中で痛感している。 

「やった。良ちゃんはそうこなくっちゃねぇ」

 しかしユリの前では無力となる。

 朗らかに笑うもんだから、なんとも、子供っぽい自分が嫌気がさしてしまう。


 とっとっと寝静まった街中で聞こえる軽い足音はそよ風のような穏やかさを感じる。


 その足音に続くようについていく。


 なんでもない、いつもの路地のはずであった。

 普段は人のざわつきが絶えない場所なのに、真上にいた月は中間ポイントを超え、終盤であるこの時間、静かで、月明かりの陰影により、はじめてきた街のように新しく、また美しく目に映った。

 目の前には、つかず離れず、上下に揺れる頭が一つ。


 まるで不思議の国のアリスになった気分だ。


 知っている場所が知らない場所のように変わり、ピョコピョコと動くウサギを追いかけるアリス。

 時計を持たないウサギは何に想い、歩いているのだろうか?


「あのさ…」

 それは突然、聞き逃してしまいそうなぐらいな声だった。

 ユリの視線は前を向いたまま。

「叩いてごめんね」

「…まだ、気にしてんのか? その話は終わっただろ」

 ピタリと足が止まる。

 そして、ユリは振り返った。

「うん、そうだよね。これは私の自己満。そんでもって独り言で言い訳。

 くだらないなーって思うかもしれないけど、ちょっとだけ、付き合って、ね」

 声は明るいくせに。

 眉を寄せて困ったように、笑うなよ。

「・・・」

 視線をまた正面に戻して、ユリは言葉を続ける。

 ただでさえ小さいのに、その背中は、さらに小さく見えた。


「あのさ、良ちゃん。

 私が叩いちゃったのは・・・過去の自分と宇汐くんとを重ねちゃったからなんだ」


 宇汐とユリに共通点なんかあるか?


 その疑問は、続いて出た言葉が答えてくれた。

「その、前にさ。良ちゃん、私のこと、物知りなんだって言ってたでしょ?

 色々あったって、濁しちゃったけど。こうなってしまうと白状しちゃうんだけど、昔、私も夢老い人だったのよ。ひと昔の言葉で言えば、黒歴史って奴に近いのかも?

 私自身はそこまで(わる)いとは思ってないけど、なかなか一般人には理解されないから、言いたくないって点では同じ感じ」

 ユリの歩みは緩やかに進む。

「で。やっぱりさ。親は反対するし、兄弟だってイイ顔しないし、でも、それに向かっていく日々は充実していたわ。他人から”ムダだ”って言われてもね」


 そこで、俺は、理解した。

 宇汐に”スタジオのバイトだけに絞って音響の勉強部時間を費やした方が効率よい”と言ったことが、過去のユリを掘り起こしてしまったことを。


「これは私の気持ちであって、みんなそうじゃないってこと、忘れないでね?

 わかってると思うけど、念のために言うけど」


 きっと俺は情けない表情(かお)をしていたに違いない。

 確認、と言いつつ振り返ったユリが陽だまりのように笑っているのは、そんな俺を安心させるためなんだと感じるくらいに、苦しくなった。


「ーーーいわゆる、夢追い人と言われるような芸能、芸術、自分の才能との対面するようなモノって、ただ効率がいいだけじゃダメだし、かと言って、仕事としての責任も効率も求められる。とても、ちぐはぐで不安定なもの。

 他人から言われる前から、自分でもこれは意味があるのか?どうなのか?自問自答していて・・・始めるまで、悩みに悩んで初めてたりするの。

 私、個人として言えば、ただ”頑張れ”って言葉だけで、心が軽くなるの」


 あくまで、私、個人の意見よ?と念を押すように、見据えられる。


「それが、信頼している人であればあるほど、夢を応援してくれ人なら尚更。

 もちろん、詐欺とかだったら、全力で止めて欲しいけどね?

 ただ、そう言う人に”意味あるのか?”なんて言葉は、悩みに悩んだ自分を否定されたように感じて、辛くて苦しくて、正解が決まっているわけでもないのにさ。

 ほんと、難儀な生き物よねぇ。人間(ひと)って。」


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