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「ほら、帰るぞ」
座椅子と化していたユリに手を差し伸べるが、またもや、目線が揺らいで合わないし、伸ばした手が行き場を失って、なんとも虚しい感じになっている。
・・・ユリを発見するに至った俺の言葉に納得いかないのか?
その考えはすぐに消えた。
こういう場合、なんだかんだ言いながら口先では怒ったような言葉を吐きながらも、困ったような、それでいて、はにかむようにユリは笑うんだ。
だけど、今は不安そうに揺らいでいるが…俺の方を見ているけど見ていない、目線が示す方向はーーー
「んだよ。ユリの弱っちー平手なんて痛くねーぞ」
なんて言ったけど、正直、ヒリヒリとした痺れはまだ感じている。
「ぇ。…でも…力いっぱい叩いたし…」
そこでやっと、目線が合う。
ユリの声は夜風で消えてしまいそうなぐらい、小さかった。
「ユリは小さいんだから、力だって小さいんだよ。大したことねぇーよ」
我ながら子供っぽくて、説得力がなさすぎる。
言い切ったあと、なんだか恥ずかしくなって、顔を背けてしまった。
「ふふっ。なにそれ。意味わかんない」
漏れてきた明るい吐息に惹かれるようにユリに目線を戻すと
「ほんと、良ちゃんは優しいねぇ」
困ったように、はにかんだ笑みを浮かべていた。
顔が火照る。
月明かりの中で分かるはずがないけど、太陽の下にいるみたいに全てが見えてるんじゃないかって思ってしまう。頭ではそんなはずないってわかっている。だけど、直視することができず、素っ気なく手を伸ばした。
「んっ」
手のひらは、またもや空を切る感覚に包まれる。
数分いや、ほんの数秒のことかもしれない。
なかなか温もりを感じないものだから少しだけ不安になって、横目で手のひらとユリを盗み見ると
「・・・」
ユリは驚いたように、目を瞬かせていて、そして、俺の視線に気づくと小さく吐息を漏らす。
「良ちゃんは、ほんっとに優しいねぇ。大好きよ」
今度は手が重なった。
ひんやりとしているのだけど、その手のひらが確かな存在となり、温もりを感じた。
「へー。そっ」
この気づきを表情に出すと負けた気がしたので、なんでもないように返す
「あぁー!良ちゃんってば、そこは”俺も大好きだよ”って返すところよぉ!?」
「返せるかっ! ガキじゃねぇだぞ…はぁ」
俺の対応に不満を訴えるように左右に繋がった腕を振るユリに呆れながらツッコミを入れる。
「ぐむっ…わかってるわよ…ただ…」
俺の腕にもたれるようにしたユリは俯いて、さっきまでの勢いが嘘のようにポツリと言葉を紡ぐ。
「ただ?」
「ただ懐かしくなったの…
でも、良ちゃんの言う通り、もう良ちゃんも大学生なんだもんねぇ」
泣いているのかと思ったけど、言い終わるころには顔を上げ、穏やかな眼差しをしていた。
「くしゅっ」
笑うべきなのか、ふざけた方がいいのか、それとも真面目に・・・頭の中で右往左往していた思考を取り戻す音。
「・・・あーあ。本当に、手のかかる姉だな」
空いた手で口元を抑えつつ、恥ずかしそうに視線を投げかけてくるユリに、自然と口元が緩む。
探し回る中で腰に巻いていたパーカーを外して、ユリの肩にかけてやる。
少し躊躇したものの、おとなしく袖に腕を通したユリはパーカーにすっぽりと包まれていて、袖なんでダボダボもいいところである。
「鼻水つけるなよ」
「・・・」
ダボついた袖が気になるのか両袖を目の前で近すぎるほどに見ているので、ひとつ、からかってやると
「良ちゃん…これ、臭い」
「はっ!?」
思わぬ反撃をくらう。
そりゃーそうだろう。イベントスタッフで会場を歩き回ったり、荷物運んだりしたパーカーなんだから。だがしかし、正当な理由があっても、なんとも言い返すに言い返せないのは俺だけじゃないはずだ。
何か反論を…と言葉を失い、動きを止めた俺のことなんか、知ってか知らずか
「がんばったねぇ。お疲れ様」
ユリは俺の頭に触れるか触れないかの位置をつま先立ちをしながらポンポンと撫でるので、毒気が抜かれる。
「…まぁな」
再び、手を重ねて、俺たちは家へと歩みを進めるのだった。
・・・本当に手のかかる姉だ。
こんな憎まれ口を叩くけれど、嫌いじゃない。なら、どうなのだろう?
今の俺にはわからない。
まぁ、とにかく、ほっとけないのは確かなことだ。
そのことをユリに言ってやる予定はなく、俺の心の中に閉まっておく。




