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瞳が心なしか潤んでいるように見える。
「ほんっとに、見てないんでしょうね!」
しばらくして落ち着いてきたのか、今度は”見た”、”見てない”を気になりはじめたようだ。どの辺から”見た”、”見てない”なのかは分からないところだが、
「見てないって言うか、まぁ、背中は見えたけど…」
「あぅっ」
まるで重石が降ってきたように肩が下がるユリ。
「これは不可抗力で”見えた”ものであるから」
「ぐぅぅ」
さらに上体を前に倒し、重石に耐えるように両手で顔を覆いながら声を漏らしている。
「これはさ…」
「りょ、良ちゃんのそう言う冷静な分析するのやめて」
俺の言葉を遮るように、片手をまるで白旗のようにあげて止める。
「背中は・・・致し方がないわね。うん、まぁ背中だし、うん」
まるで自分を納得させるように呟いたかと思うと、最後は自分なりの落とし所が見つかったのか、若干、頬をそめて
「とにかく、見たものは忘れて、記憶から抹消するのよ!」
無茶を言ってきた。
そんな部分的に記憶喪失なんてできるわけでもないのに、とは思うが、これ以上、この話題を続けたところで不毛になることは必然である。となれば、俺の行動は決まっている。
「わかった。消す、抹消する」
ふざけずに真面目な顔を作り、同意すればいい。
「よぉーし! ならば良かろう!」
そのことに満足したのか、ユリの唇が弧を描く。
しかし、あまりにも純粋と言うか、無防備と言うか…騙されないか心配になってくる。
「あ。そうそう! バイトっ! どうだったぁ?」
俺の心配なんて知る由もないユリは、映画の時と同じく感想をお求めのようだ。
たぶん、ユリ的には俺のことが心配で気が気じゃ無いんだろう。
数十分の間に頬を染めたり、視線が合わなかったり、百面相をしていたユリ。正直、ちょっと面倒だし、どんな考えなのかとか、理解できない時もあるけれど、そういうところがにくめないし、ユリの意見を突っぱねるほど嫌いになっていない理由だと思う。
「イベントスタッフって、大変なんだな」
今日、1日を振り返って感じたことを素直に伝える。
「んふふっ。意外だった?」
「うん。少なからずイベントに行ったことあったし、見てきたはずなんだけど、目に見えるスタッフ以上にスタッフがいて、イベントを動かしてた」
俺は受付と会場警備だけだったけど宇汐のように出演者のフォローをする人がいたり、配られたタイムテーブル以外に資料をもって動き回るスタッフもいた。
「バイトしてなかったら、知らなかった」
「なら、よかったぁ」
ふぅと息を漏らすユリ。
「なんか、次、イベント行く時、感慨深くなりそう」
「そうなのよねぇ。分かる分かる。
あぁ、でも、宇汐くんのイベントってどういう感じなの?」
「ん?」
「イベントスタッフって言っても、いろいろあるのよぉ?」
まるでイタズラが成功したかのように笑みを浮かべるユリ。
「そうなのか!?」
「そうなのっ。また宇汐くんに紹介してもらってバイトしてみれば?」
今日の労働が高速で頭を過ぎる。
「…いや、いいわ」
「ふふっ。そうよねぇ。
ま、大変だけどその分の達成感もあると思うから、その気になったらやってみよってなればいいのよ」
そんな時が来るのだろうか?
今の俺には想像がつかないけれど、もし、そうなった時はやってみよう、と思うのは自分でも分からない。
「で? どんな仕事したのよ?」
はじめてマジックショーを見た子供のように瞳を爛々とさせたユリに苦笑が漏れてしまう。
そんな俺に不思議そうに首を傾げたかと思えば、テーブルを指で叩いて話の続きを催促するので、一つ一つ説明をする。
その度に頷き、質問を投げかけて楽しそうなユリの表情が一変するなんて想像もつかなかった。
「ーーーねぇ。それ、本当に言ったの?」
いつものとろみのある甘い声ではない、低く冷ややかな声と鋭い眼差しをしているのがどうしてなのか…理解できなかった。




