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「ただぃまぁ・・・」

 ため息のような、声にも音にすらならないような言葉を吐き出しながら自宅のドアを開けた。

 玄関から見えるダイニングは暗くしんとしていた。

 最寄り駅についたのは24時近かったので、もう日付が変わっていてもおかしくない。

「んー」

 初めてのイベントスタッフで体力的にも気力もすり減っていたし、体に張り付いた汗を早く無くしたくて、そのまま風呂場に向かう。


「えっ」

「あ?」


 急な明かりに目が眩んだのも束の間、思ってもいなかった声に視界のピントが急速に合うと、脱衣所兼ねている洗面所に前屈みの体制でショーツを脱ごうとしているユリと視線がぶつかる。驚きながらも視線は、何も(まと)わない、陶器のようになめらかな白い背中へと流れていた。うなじに沿って枝垂(しだ)れる髪は白い肌によく映えている。

 実際は数秒だったかもしれないが、そんな感想が出るくらいの時間、ユリは一言も発さずにいた。

「・・・」

 最初はヤバイと心臓が跳ねたけど…実のところ、下着を見られても気にしないユリは裸体を見られても大丈夫なのかもしれない。

 そう胸を撫でおろした瞬間、ヒュッと空気を切る音が聞こえた。


「良ちゃんのえっちぃーーーーーーー!!」


 悲鳴のような叫びとともに、視界がぶれる。

 左頬に鋭い衝撃が走った。


「・・・そんなワケ、ないよ、な」


 気づけば扉の閉まった前に立っていた俺は、相手に伝わることのない言葉を落とすのであった。



「えっち、すけべ、へんたい」

 目の前にはほかほかとした湯気を纏い、頭から全身を覆うようにバスタオルに埋もれているユリ。その隙間から出て来る言葉は小学生のような羅列。それにバスタオルで隠れているため表情は(うかが)い知れない。

 だけど、冗談だろ?と笑い飛ばす雰囲気でないことは確かである。


「ごめんって」

「・・・」

「わざとじゃないんだって」

「・・・」


 しかし口に出ててくる言葉は自分で思った以上に陳腐だ。

 それを示すかようにユリからの反応が返ってこない。


「なぁ…ユリ?」


 相手の反応がないと…どうしたらいいのか分からなくて不安になるわけで、せめて言葉じゃなくても表情が知りたくて、そっと手を伸ばす。バスタオルの端に触れると、ビクリと震えたけど、それ以上動かなかったので…そのままバスタオルをめくる。

「…ユリ?」


 現れたのはリンゴのように染まったユリ。


「真っ赤だ」

「っ! ばか!あほ!まぬけ!」

「うわぁっ」


 めくった反対側のバスタオルの端を(ひるがえ)したユリはそのままの勢いで俺を叩く。

 湿ったバスタオルは地味に痛かった。


家族間でも下着姿は大丈夫だけど、裸はダメとか。

恋人と一緒にお風呂入るのはアリとかナシとか。

人それぞれ、むずかしくて繊細なところです。

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