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 風呂上がりのタオルを巻いたぼんやり状態のユリをなんとか自室へ誘導して、その夜は何事もなく明けたワケだが・・・


「うぅー…」


 ユリはどうやら昨夜、呑みすぎたらしい。

 見た目の期待を裏切らない酒の弱さがあるくせに、その場のノリというか、雰囲気でつい、呑めもしないお酒を呑んで、完全なる二日酔いである。本人は認めていなけれど。


「記憶がちょーあいまいだわぁ…ケロってしてたり…迷惑かけてないといいけど…」

 ダイニングテーブルに座って、顔を両手で覆い、だるそうに息を漏らす。

「ケロって…はぁ、戻してたりはしてない。

 色々、面倒ではあったけど、一人で帰ってきてたし、汚れてもなかったから、とりあえず安心しろ」

「は、え?ん?」

 だいぶ、頭が回っていないようだ。

 ぼんやりとした瞳にゆっくりと語りかける。

「迷惑はかけてないと思うぞ」

「そっかぁー。それなら、よかったぁ」

 モソモソとトーストとパンをかじる。


 ユリの手元には、トースト以外にも二日酔いの薬を合わせて飲むようにセッティングしてある。

 通勤、通学がそれぞれ違う俺たちは、朝ごはんを一緒に食べることは、ほぼない。

 今回は、その、”たまたま”、朝早く目が覚めたので、”ついで”に朝食を用意しただけである。他意はない。断じて。


「んぅー…」

「口の周り、付いているぞ」

「ぁい」

「あと、化粧して、ジャケット着て、家出る」

 いつまでもダラダラしてしまいそうなユリの尻を叩くように、あれこれと指示をする。

「りょーちゃん、おかあさんみたいねぇ」

「そうだな!」



 ・・・ほんと、手のかかるお姉さんである。



「で?」

 そう、続きを促すのは、あゆか。

「で?って、そのあと化粧して、着替えたのを確認して見送った」

 俺たちは通常運転、学食で日替わり定食を食べている。

 外食するより、やっぱり学食がコスパ最高である。

 今日も、学食のありがたさに感謝しかない。

「終わり?」

「終わりだ、続きがあるようにでも思うか?」

「はぁー」

 ため息に混じって「つまらない」と言葉が聞こえてくるが、つまらないってなんだ。


「なぁ、宇汐。あゆかは何を期待してたんだ?」

「なんだろうねー。定番の看病とかの”あーん”とか?」

「・・・あるワケないだろう」


 実際、元気な時に「あーん」をやられた側であるが、今、ここで話題にすべきでないと本能が警笛を鳴らす。


「そうだよねー」

「あぁ。面白いネタないかしら」

「お前も言ってたけど、そう簡単にドラマティックなマンガみたいなことがあってたまるか」


 人をネタの宝庫でも思っているのだろうか。

 そんな意味合いと毒を兼ねて言ってみたけれど


「あら。それはそれ、これはこれ。

 創作する人間は常にネタを探しているし、人間観察も大切なことなのよ」

 本人はどこ吹く風だ。

「小鳥遊、諦めるしかないよー。

 あゆかは創作(こういう)事に関することに対しての執念がすごいから」

 宇汐が小さな声で慰めの言葉をかけてくれたが

「そこ! 執念じゃなくて、探究心と言ってちょうだい?」

 と、低く静かに訂正が入ったので、男二人が震えたことは言うまでもないだろう。



「そう言えば、小鳥遊。バイトどうするー?」


 日替わり定食をほぼ平らげて、残すはスープだけとなった終わり頃だった。


「バイト?」

「はぁ。小鳥遊、忘れたの? ユリさんが言ってくれた日バイトの話でしょ」

「そうそれー」

「あー…」

 自分の意思と関係なく決まった話だったので忘れていた。

 イヤではないけれど、目的が不明確なものなので積極的にはなれないだけなのだ。

「今週末イベントがあるんだけど、バイトするー?」

「うーん」

 積極的になれず、返事ができないでいるとあゆかから鋭い指摘が入った。

「小鳥遊って、バイトしたことないんでしょ?」

「ん、まぁ」


 何かに熱中したことがほぼない俺は、何かが欲しいと思う欲求も少なく、月々の小遣いなどで生活してきたのでバイトとは無縁であった。


「じゃあ、知り合いのところで一回、経験してみた方がいいと思うわよ」

「俺の知り合いが多い場所(バイト)だから、そんなに気張らずにできるからバイトしやすいよー」


 確かに一理あるな。

 あゆかに言われたこともそうだし。正直バイトをしてきていない俺はぬくぬくと温室で育ったようなものだから、目的という熱量のない俺が今後やるとも思えない。

 ならば、人生、経験してみるのも悪くないのかも。

 ユリの目的は分からないけれど、流れに身を任せてみるか。


「そうだな。 宇汐、よろしく頼むわ」


 こうして初バイトが決まった。

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