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第二十話

 屋敷を出ると、とりあえず放心しているミヒャエル王子を引っ張って月下亭に帰る。

 内通者がいる以上もはやここも安全ではないが、かといってミヒャエル王子に他に帰る場所といえば、それこそ王宮くらいしかない。

 王宮にのこのこと顔を出せばあっさり捕まって何だかんだ理由をでっち上げられて処刑だろう。

 王位継承で争う相手をあのリチャードが生かすとは思えない。

 自らの地位を脅かす可能性は、必ず排除しようと考えるはずだ。

 月下亭のミヒャエル王子の私室に着くと、ミヒャエル王子は女装姿のまま椅子に座り込み、項垂れる。


「まさか……叔父上が……」


 地声に戻っているのだが、元々の地声が男にしてはやや高めなので、案外違和感がない。頑張ればハスキーな声という言い訳が通じそうなくらいだ。

 思い切り落ち込んだミヒャエル王子が暗雲を背負っているので、部屋がじめじめして辛気臭いことこの上ない。

 元気出せ。ちょっと兄に命狙われてて叔父にも裏切られただけじゃないか。

 ……私みたいな狂人でなければわりと大ダメージだね、うん。


「まあ、ここの情報が漏れていると仮定した上で、どう動くか決めた方がいいんじゃない?」


 とりあえず、手を貸さないと立ち直るのすら時間が掛かりそうだったので、ミヒャエル王子が再び動き出せるように話しかける。


「裏切るっていったって、今すぐに何かあるとは思えないし、第一側にいる私に連絡が来るのが自然。時期は分かると思うよ」


 何を隠そう、今の私はミヒャエル王子に味方をするフリをしながらリチャードに協力するフリをしつつミヒャエル王子に協力をするというかなり面白愉快な立場に身を置いている。


「それどころか、今のところは下手人に私が選ばれてるんだよね。何せ自他ともに認める殺人鬼だし。殺し屋と違って、殺人鬼の殺人は快楽が先行して背後が分かり辛いから」


 私は殺人鬼で殺し屋でもないのだが、たまに誰それを殺してくれみたいことを頼まれることはわりとあったりする。


「……私を殺すのか?」


「あなたが、そのままつまらない顔をしてたら、そうかもね」


 恐る恐る尋ねてくるミヒャエル王子に、意味深に笑う。

 本当に殺しに来られると思われるのもアレなので、フォローもしておく。


「でも、できるならあなたとは、長い付き合いでいたいの。殺人快楽なんて他人でも満たせるんだから、わざわざあなたで満たす必要はないし」


 ついでに茶目っ気な笑顔も浮かべてみせれば、釣られたようにミヒャエル王子も微笑んだ。


「……ふふ。聞けば聞くほど物騒だな、お前」


「殺人鬼だもの。物騒じゃなきゃ何なのって話よ」


 お互いに軽く笑い、また自然と沈黙する。

 今度のだんまりは、お互いそれほど居心地が悪いということはない。


「一つ、改めてお前に頼みがある」


「聞きましょう」


 私が即座に頷くと、ミヒャエル王子は居住まいを正した。

 真っ直ぐ私を見つめる目は、真剣だ。

 だから私も、遊び心は抜きで付き合う。


「もし私の味方が誰一人として居なくなったら、お前が私の味方になってくれ」


「約束してたしね。いいわよ」


「……頼んだのは私から故、言い出し辛いが本当にいいのか。その時は確実に絶望的な状況だぞ」


「構わないわ。他の殺人鬼がどう考えるかは興味ないから知らないけど、少なくとも私は状況を見て殺す相手を変えたりしない。最初から殺したいと思った相手を殺すし、殺したくないと思えば殺さない。気ままでマイペースなのも殺人鬼の特徴なのよ」


 最後に、私は悪戯っぽく笑った。

 これからいうのは、私みたいな殺人鬼には似合わない戯言だ。


「それに、私は勇者よ。私みたいな殺人鬼に与えられる称号として全く持って相応しいものではないけれど、私がいた世界じゃ勇者は弱い人たちのために戦うのが普通なの」


 全くもって勇者なんていう柄ではないことは自覚しているものの、実際に勇者として召喚されたのだからそこを否定しても意味がない。


「だから、心配しないで。あなたの敵は、私が全部斬るわ。だからその対価に、ありったけの敵を私にちょうだい」


「心強いな、本当に。……ありがとう」


 ミヒャエル王子が顔を覆う。

 流れる涙には見ないフリをしておこう。

 きっと、ルートリーマに逃げる前にも色々あったのだろう。

 よくよく考えてみれば、私はミヒャエル王子について何も知らないのだ。


「ねえ、ミヒャエル王子のこと、色々教えて欲しいな」


「わ、私のことをか?」


「ええ。どんな風に生活してどんな風に育ってきたのか、何を感じ、何を思って今まで生きてきたのか、色々なことが知りたいわ」


「構わんが、代わりにマガツのことも教えてくれ。私もマガツのことを、大して知らないのだ」


 それから私たちはお互いの身の上を語り合った。

 お互いを深く知るという意味では、それなりに有意義だったと思う。

 ところで、そろそろ部屋の外であたふたとしているリーズに気付いているよと教えてあげた方がいいのだろうか。



■ □ ■



 私がミヒャエル王子の部屋を出ると、リーズが私に深く頭を下げてきた。


「ありがとうございます」


「……そこまでお礼をいわれるようなことをした覚えはないんだけど?」


 本当に私にとっては礼をいわれるようなことでもないので、何となく理由に予想はつきつつもしらばっくれると、リーズはじっと私の目を見つめてきた。


「ミヒャエル様のことでございます。まさか、あなたのような方が、ここまであの方のことを思ってくださるとは予想していませんでしたので。何か、理由がおありなのですか?」


 リーズの目は真っ直ぐ私に向けられていて、冗談をいったりして煙に巻ける雰囲気ではない。

 なので私も、少し真面目に答えた。


「特別な理由があるわけではないよ。ただ、好奇心に趣味と実益、後はほんのちょっとの善意ってところかな」


「善意?」


「そう。おかしいと思う? 殺人鬼が善意を抱くのが」


「失礼ながら、あまり似合わないと……」


 正直なリーズに思わず苦笑を漏らす。

 それが一般人が殺人鬼に抱くイメージだというのは理解しているけれども。


「いってくれるね。でもまあ、間違っていないよ。私自身も柄じゃないと思ってる。でも、一度は私の方から首を突っ込んだことだし、途中で抜けるのは、それこそ私の柄じゃないんだ。それに、何よりの理由は」


 リーズを見つめて、私は隠すまでもない本心を打ち明けた。


「──殺す敵は、多ければ多いほど、楽しいもの」


 そう。結局はそこに帰結するのだ。


「殺しができて、善行も積めて、私にとってもそう悪くないことよ」


 何よりも殺しが大好きな殺人鬼の私だけど、こんな私にも目を掛けてくれた人はいて、その人たちのおかげで私は感性だけでもまともに育つことができた。

 彼らの努力なくして今の私は存在しないといっていい。

 もし彼らがいなければ、今頃私は手当たり次第に人殺すだけの快楽殺人鬼になっていた。

 今でもあまり変わらない気もするけれど、殺せるなら誰でもいいのと、殺しは好きだけど誰でもいいわけじゃないという状態では、大きな差がある。

 善人を殺しても悦楽以外何も感じないのではなくて、善人を殺して悦楽と一緒罪悪感を抱くのが今の私だ。

 この罪悪感を抱くという一点が彼らの努力の成果であり、私が獲得した後天的な善心なのである。

 なお、殺した相手が悪人だった場合は私は関係者がどれほど悲しもうが露ほども心が動かない。元よりサイコパスというものはそういうものである。

 本当に、少年院でお世話になった先生方や、保護観察のい保護司の先生には感謝してもし足りない。


「裏切られるミヒャエル王子は可哀想だけど、今回の件に関しては、私は歓迎してるの」


「それは、何故?」


「だって、裏切ってくれた方が、殺せる人数が増えるでしょ?」


 大きくリーズの目が見開かれた。

 はて。どうしてそこまで驚くんだろう。

 そんなにリーズを驚かせるようなことをいった覚えはないんだけどな。


「それじゃあ、私はまた出かけてくるね」


「え、ええ。行ってらっしゃいませ」


 辛うじてといった様子で我に返ったリーズが頭を下げて見送るのを背に、私は月下亭を出た。

 向かうのは、ミヒャエル王子の叔父だというあの貴族の屋敷だ。

 別に殺しをするわけではなく、リチャード派の人間として話を聞きに行くだけである。

 立場はあくまでリチャード派なのだ。今の私は。

 元々の依頼自体がリチャード派のものだから、そう思われるのも当然。

 カステルラントの街並みにはルートリーマにあるような雑然とした雰囲気はなく、計算された画一的な雰囲気が感じられる。

 むしろ洗練度合いで見るなら断然ルートリーマなのだが、カステルラントには勇者を召喚している影響で私たちの世界の文化がある程度入ってきているのか、所々で不思議な現代っぽさがある。

 もちろんこれ見よがしに現代的なビル群などがあるわけではないけれども、石畳の舗装技術とか、上下水道の設備とかが妙に現代的なのだ。

 まるで、現代の知識を元に無理やり再現だけしてみたような、そんなちぐはぐさを感じる。

 その違和感は、貴族街に近付けば近付くほど、強くなる。

 ……まあ、この国が勇者を召喚していることを鑑みると、その中に知識持ちがいたんだろうね。

 私が提供できる知識といえば、人の殺し方くらいだけど。

 たぶんそっちの知識はヴァンデルガルドの人間も十分詳しいだろう。何しろ戦乱があれば嫌でも学ぶ。国がいつでも自分たちを守ってくれるとは限らない。自分の身はあくまで自分で守るというのが、ヴァンデルガルドで暮らす上での鉄則だ。

 しばらく歩いて、貴族の屋敷に戻ってきた。

 前のようにノッカーを叩くと、メイドの声で誰何をされた。


「さっき来たマガツよ。入れてもらえるかしら?」


「……お館様からお通ししろと命じられておりますが、念のため用件をお聞かせ願います」


「話し合いたいことがあるの。これでいい?」


「承知いたしました。今扉を開けますのでお入りくださいませ」


 一歩下がると、直後に扉が開いてメイドが姿を見せる。

 最初に来た時に見たメイドと同じ人だ。

 メイドといってもメイド喫茶で働いているような若いお姉さんじゃない。

 中年の、本職のメイドである。


「ご案内いたします」


 別のメイドが恭しく私に頭を下げて、私を先導する。こちらはまだ若い子だ。

 私は彼女の後を大人しくついていく。

 やがて、見覚えのある扉の前に着いた。

 この先にあの貴族がいるのだ。


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