第二十一話
私を迎えた貴族は大仰な仕草で私を歓迎した。
「いやはや、先ほどは失礼しました。まさかあのような場所でマガツ殿に出会うとは思わず」
「いえいえ、こちらこそ驚きました。第五王子の血縁にあらせられるあなたのような方に、我らの主君であるリチャード様に組していただけるなんんて」
「時流を読むのは貴族社会を渡っていくのに必須の技能ですからな。ささ、どうぞ座ってください。館のコックに菓子を作らせたのです。甘いものは好きですか?」
「ええ、とても」
「それは良かった! 作らせた甲斐があったというものです。うちのコックに昔、あなたのような勇者様と交流があった者がおりまして。いくつかレシピが伝わっているのです。たしか、名称はシュークリームでしたかな?」
へえ、シュークリームがあるんだ。詳しくは知らないけど、地球でも登場したのは十六世紀くらいだったはず。
ヴァンデルガルドの文化は地球の十六世紀と比べるとまだまだ昔だから、時代を先取りした形になるのかな。
ああ、いいなぁ。よく考えたらカステルラントって、勇者の影響で食が充実しててもさほどおかしくないもんね。食べ歩きしたい。
王位継承問題に片がついたら、美味しいもの探して練り歩きたいなぁ。
別に今やってもいいんだけど、さすがに仕事中はね。
それに散々食べたい食べたいといっておいてなんだけれど、美味しいものを食べるよりも誰かを殺せばそれで大体私は満足する。
一番満たしたい欲求が殺人なので、それさえ満たせていれば他のことは我慢できるのだ。
そうこうしているうちに、扉がノックされて貴族の男が入室許可を出すと、扉が開けられてコックらしき服装の男がワゴンを押して入ってきた。
ワゴンに乗せられたいくつもの皿に、山とシュークリームが積まれている。
……んん? まさかこのとんでもない量を二人で食べろと?
「ご苦労。配膳を終えたら下がっていいぞ」
コックを労う貴族の男は、シュークリームの量を見ても平然としている。
どうやら量を間違えて作りすぎたとかではないらしい。
最初からこの量のシュークリームを食べるつもりなのか……。太りそう。
ワゴンに積まれたシュークリーム山盛りの皿で、貴族の男の前のテーブルは埋め尽くされた。
用が済んだコックが私たちに頭を下げてワゴンを引いて部屋を出ていく。
そして残ったのは私と貴族の男と、物凄く大量のシュークリーム。
「ささ、遠慮なくお食べください。ワシはこれが大好きでしてな」
貴族の男は私にシュークリームを勧めると、自ら先に一つ手に取り、がぶりと食いついた。
シュー生地が破れ、中から黄色いクリームが溢れて出てくる。
どうやらカスタードクリームのようだ。っていうか、随分豪快に齧ったね、この人。
たちまち一つをぺろりと平らげると、すぐにもう一つに手をつける。どうやら好きなのは本当らしい。
「では、私も一ついただきましょう」
「どうぞどうぞ! 一つといわず、いくらでも食べて構いませんぞ! 何せ大量にありますからな!」
たくさんのシュークリームから適当に一つを選び、口に運ぶ。
シューのサクッとした歯応えは固めで、どちらかといえばクッキーシューに近いかもしれない。
肝心のクリームの方は、砂糖が貴重品だからか記憶の隅にこびり付いている日本で食べたことのあるシュークリームに比べやや甘さ控えめだが、それでも十分に甘さが感じられて美味しかった。
その理由は、私がこっちの生活に慣れて薄味好きになったせいもあるかもしれない。
私が一つ食べきる間に、貴族の男は三つ目に手を伸ばしている。
「……よく食べますね」
三つ目をたちまちぺろりと平らげた男に私が呆れ半分感嘆半分の声を上げると、男は照れたように頭をかく。
「いやあ、美味しい割にはあまり腹にはたまらないもので。これで腹にたまりさえすればいうこともないんですがね。ささ、マガツ殿も遠慮せずにおかわりをどうぞ」
さらに男が勧めてくるので、私はもう一つ頬張る。
ここまで明け透けに勧められると毒物の混入を疑うが、私は生憎勇者なのでほとんどの毒物が効かない。
クリームの中に、妙な感触を感じた。
噛んでみると、とでもひらべったいもののようだ。
食べるのを中断して男を見ると、ニコニコと笑顔を浮かべている。
男の目の前で異物を取り出しても、男の表情は変わらない。
どうやら男にとっては想定外の事態ではないようだ。
となると、コレを仕込んだのは男か、男の許可を得た者か。っていうか、この男が一番怪しいんだけど。
異物は小さく四つ折りにされた羊皮紙の紙片のようだった。
広げてみると、こう書いてある。
『ミヒャエル王子を、よろしくお願いします』
思わず顔を上げると、貴族の男は相変わらず表情を変えずにニコニコ笑っていた。
■ □ ■
結局、貴族の男は詳細を語らなかった。
紙片についてもゴミが混ざっていたということで深く陳謝され、回収されて捨てられてしまったし。
さらに私が質問をする前に、残っていたシュークリームを全てお土産に持たされて屋敷を追い出されてしまった。
今の私は、シュークリームが山ほど入った紙袋を抱え、貴族の男の屋敷の目の前で狐につままれた顔をしている。
何だったんだろう、今のは。
順当に考えれば、あの貴族の男は寝返りながらもミヒャエル王子のことを心配しているということなのだろうか。それはそれで、ちょっと矛盾があるような気がする。心配するならそもそも裏切るなよって話だし。
それとも、さっさとミヒャエル王子を殺せということなのだろうか。この大量のシュークリームはその対価?
食べ物に釣られる女だと思われた?
それはそれで腹が立つ。
ていうか、どうしようかこのシュークリームの山。
一人で食べると太りそうだし、かといって敵の差し入れをミヒャエル王子たちに食べさせるというのも危険だ。
……リチャードに押し付けちゃおうかな。そろそろ一度顔見せようと思ってたし。
仮に毒入りが混じってたとしても、貰い物だって言い張ればいいし。
それでリチャードが怒ったら斬っちゃえばいいし。
斬ったらルートリーマに逃げればいいし。
ミヒャエル王子とはしばらく会えなくなるけど、ほとぼりが冷めたら案外会えるかもしれないし。
うん、とりあえず持っていって決めよう。
私はルンルン気分で城への道を歩き始めた。
当然、まず私がリチャードに会えるとは限らないという一番の問題は考慮していない。
そしてそもそも、リチャードがシュークリームを食べるのかということについても無視されている。
「お、いい女が歩いてるぜ」
「おい、姉ちゃん。俺たちと遊ぼうぜ」
そしてあつらえたかのようにチンピラに絡まれる私。
むー。あんまり荷物持った状態で戦いたくないんだけどなぁ……。
「急いでいるので退いてくださいませんか?」
反射的に刀に手が伸びそうになるのを堪えつつ、まずは穏便な解決策を探る。
「つれないこといわないでよー。ご飯奢るからさ」
馴れ馴れしい口調と態度で絡んでくる男たちに軽く殺意が沸いた。
誰か助けてくれないかと軽く回りを見回すが、皆顔を伏せたり目を逸らしたりしてこちらを見ない。
我関せずを貫いているのか、それとも自分に飛び火するのを恐れているのか。
……これ以上我慢するのも馬鹿らしいし、サクッと殺しちゃうか。
思いついた考えは、魅力的で悪くないもののように思えた。
さすがに大通りは人目がありすぎるので、人気のない場所に男たちを誘導する。
ニヤニヤ笑う男たちは、完全に自分たちが優位だと思っているのか、私の進路を塞いで妨害し始めた。
「可愛い子ちゃん、逃げちゃ駄目だよ~」
別に逃げないので素直に路地裏に連れ込まれて欲しい。そうしたらさっくり殺してあげるから。
「こっちにいい酒場があるんだ。いこうよ~」
でも、男たちは私を建物の中に連れ込みたいようだった。
それはそれで、外の視線を切れるなら悪くないかもしれない。
そう考えた私は、男たちの言う通りに歩いた。
「大丈夫だよー。俺たち怖くないからねー」
「紳士だからねー。お嬢ちゃんが俺たちに反抗しない限りは!」
「反抗したらどうなるか保証できないけどねー」
やばい。殺したくてうずうずしてきた。
保て、保つんだ私の理性……!
うず高く降り積もる殺意に私が葛藤していると、ようやく建物につく。
人気のない場所に佇む酒場。
私は自分から中に入った。
にやにやしながら男たちが後から入ってくるのを背後の気配で感じ取る。
同じ酒場でも、この酒場は月下亭とは全然違った。
まず汚い。一応掃除はされてるみたいだけど、よく見ると床に埃がこびり付いている。
月下亭の床に比べれば一目瞭然だ。あそこは磨かれすぎて飴色になってるからね。
吐瀉物などを片付けた痕もある。消臭はされているみたいだけど、酒やタバコの臭いが染み付いている中そこだけ爽やかな匂いなのでかえって目立つ。
そしてカウンターの前に箱で置いてある避妊具。舐めてるのだろうか。っていうかこいつら避妊はちゃんとやるのか。変なところで常識的だね。
ルートリーマ路地裏なら基本的にやり捨てか殺害がデフォだぞ。なお結構な確立で殺人鬼が乱入してくる模様。
私はとりあえず手近なカウンターの隅にシュークリームの袋を置いた。
当然埃が入らないように口を閉じて。
毒入りかもしれないけれど、せっかくの貰い物だしもったいない。リチャードへの手土産なくなっちゃうし。
酒場のマスターは若く、男たちと同じくらいの年代のようだ。
どうやら酒場のマスターもグルらしく、好色な視線を私に向けてくる。
とりあえず、全員斬ってすっきりしようか。
「いい場所ね」
「でしょー。防音になってるから悲鳴も外に漏れないんだよー」
それは、とてもイイコトを聞いた。
「なるほど。じゃあ、遠慮することもないということね」
抜き打ちで、一人の胴を薙いだ。
「……え?」
腹から血を噴出させて倒れる男の一人を横目に、血が滴る刀をぶら下げて嗤う。
「存分に泣き喚くといいよ。皆殺しにしてあげる。連れ込んだ相手が悪かったね」
もはや喜悦を隠さずに、私は男たちに襲いかかった。




