いったん終着、お疲れ様でした。
なんかすっきりしない……。
西崎充が起こした一連の騒動は一応の終着点を見た。
彼は素直に取り調べに応じ、刑事達はと言えば、送検のための書類仕事に追われている。
和泉もまた膨大な書類と格闘しながら、それでも頭の片隅に靄がかかった気分だった。
女将の話では西崎は是非にと美咲を客室係に指命したらしい。
そのことについて本人は、知人から彼女の話を聞いた。
とても親切で感じのいい人だと。その知人が誰なのかを、決して語ろうとはしなかったそうだ。
緒方翔については、ネットで知り合った男から、美咲について聞いたのだという。
それが、彼の供述に度々出てくる【Rain】というハンドルネームの人間だろう。
彼女ならきっと助けになってくれる。そう言われて宮島に向かったそうだ。
ちなみに彼は重傷を負ったものの一命はとりとめた。
二人の話が真実だとすれば、背後にもう一人誰かいる。
美咲を陥れようとしている人間が。
しかし何故? 彼女が誰に、なんの理由で恨まれるのか。
「ねぇ? 聡さん……」と和泉は振り返ったが、父は離席していた。
ぷっ、と近くを通りかかった日下部が笑う。
「日下部さん」書類を作成する手を止めて和泉は立ち上がった。
「な、なんだよ?」
黙ってにっこり微笑むとあからさまに警戒される。
「何なんだ……うわっちー!! 和泉、てめぇ何しやがる?!」
「何って、飲みかけのそこそこ熱いお茶を襟首から背中にかけて注いでみました」
「誰が事実を説明しろって言った?! 水、いや氷!!」
和泉はしばらく部屋の入り口を見守ったが、聡介が戻ってくる気配はない。
仕方ないので仕事を再開することにした。
さすがに黙っている訳にはいかないと思ったのだろう。
駿河の方から聡介に話がある、と言ってきた。
誰にも聞かれずにすむ場所を探して、二人は屋上に出た。
藤江美咲、旧姓寒河江美咲は駿河の探していた元フィアンセに間違いなかった。入籍を目前にしたある日、彼女は忽然と姿を消した。
誰に聞いてもお茶を濁すばかりで、忙しい仕事の傍ら、駿河は必死で探し続けた。
「灯台もと暗しとは真実ですね。まさか市内にいて、宮島で、元の職場で働いているとは思いもしませんでした」
駿河はそれでも表情をあまり変えずにいつもの調子で話した。
「その上……他の男の妻になっていたなんて」
聡介は黙って駿河の肩を抱き寄せた。
こんな時に気の利いたことの一つでも言えればどんなに良かっただろうか。
しかし、何を言えばいいのかわからない。微かな震えが伝わってくる。
しばらく無言で聡介は空を眺めた。
すみませんでした、と駿河がそっと離れる。
「班長、それと……」
いきなり若い刑事は頭を深く下げた。
「ご指示に背いて勝手な行動を取りました。申し訳ありません!!」
そうだった。聡介は彼に周を保護して、連絡するまでそこを動くなと言ったのだ。
それでも彼らが来てくれたおかげで事態が打開できたのは確かだ。
「どんな処分も甘んじて受ける覚悟です」
生真面目な駿河は真剣な顔をしてそう言った。
そこで聡介は思いついた。
「そうだな……じゃあ、こうしよう」
何を言われるのだろうかと、きっと内心では緊張しているに違いない。
顔にはちっとも出ていないが。
「京橋川沿いに新しくできたオープンカフェがあるのを知っているか? チーズケーキが絶品らしい」
「いえ、勉強不足で……」
「今度の土曜日、俺と一緒にそこに行ってくれ」
何を言われたかを把握するまでに少し時間が必要だったようだ。
「自分と……ですか?」
聡介は頷く。
「本当なら、今夜飲みに行くから付き合えって言いたいところだが、俺はほとんど酒が飲めない。その代わり甘い物は大好きなんだ」
「……はい」
「娘達に一緒に行こうって言うと、血糖値が上がるから絶対にケーキはダメだって止められるし、彰彦を連れて行くと奢らされるし、すぐ娘達に告げ口をされるから嫌なんだ。かといって、俺みたいなおっさんがあんな場所に一人で出没するのも気が引ける……そういうことだ」
戸惑っている。
そりゃそうだろうな。普通は上司からスイーツを食べに行こうなんて誘われない。
それも男二人で。
「甘い物は苦手か?」
「いえ、好きです」
「なら決まりだな。仕事じゃないんだから、スーツ着てくるなよ?」
少しの間があって、それから
「はい。承知いたしました」
駿河は笑顔でそう答えた。
なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか……。
ホッとしたような、ドキッとしたような。
そうだ、今度事件が解決した際には普通の刑事がするように茶碗酒を振舞うのではなくて、甘い菓子を配ってみようか。
きっと不評だろうが。
えーと、感想欄にて話題に登った(笑?)
【Rain】って誰よ……の件ですが、このあとシリーズその4で明らかにします!!
失礼しました……(。´Д⊂)




