6話 実際に登ってみます!
それから数ヶ月後。
王宮の支援もあって、リオ山に新たな登山道が整備された。
私とエベルは、開発されたばかりの登山装備に身を包み、その登山口に立っていた。
「すごいわ……。低山とはいえ、こんな短期間で整備が終わるなんて」
「君の助言通り、石畳ルートへとつなげる道も作った。分岐点には標識も設置してある」
「ありがとう! エスケープルートがあると、登山初心者が気軽に登りやすくなるわ」
「……しかし、かなり早朝に出発するのだな。この時間は、人気がほとんどない」
「新ルートもそこまで時間はかからないけれど、登山は早出、早着が基本だからね。昼下がりには登山口に帰っているくらいがちょうどいいわ」
なるべくなら十五時頃の下山が理想と言える。
ヘッドライトがあっても、中級者以上でなければ夜間行動はしないほうが無難だ。
「リオ山周辺だったら大丈夫だけれど、登山計画書もそのうち普及させなくちゃ」
「登山計画書……、名前からして自分が登るルートについて記したものか?」
「ええ。それを提出しておけば、遭難しても他の人が探しやすくなるでしょう?」
「遭難……。そういえば、リオ山で怪我をした人が、この近くを担当する衛兵に救出される事態も起きているらしい。山を専門とする隊があってもいいかもしれないな」
「街中を守るのとは、また別の技術や知識が必要になるものね。これも王宮に相談しておきましょう」
いずれ登山ブームが巻き起これば、山岳遭難救助隊も必要になってくるだろう。
登山を普及させるためには、まだまだやることは山積みだ。
「さて、それじゃあ登り始めましょうか。順番は……悩ましいわね」
「歩く順番も決まっているのか?」
「最も登山経験のある人……リーダーが最後尾を歩くのが基本ね。先頭は、サブリーダーが全員の体力やスピードを考えてペースコントロールをするの。もし初心者がいたら、その間に入れて歩く形になるわ」
「では私が先頭を歩こう。もしペースが早かったら言ってくれ」
「わかったわ。……騎士団のあなたからすると、私のペース遅いかもしれないけれど許してね」
「君と歩けるだけで、私はこの上なく幸せだ。何かあれば遠慮なく言ってほしい」
「え、ええ……」
エベルの私に向ける笑みは、日に日に甘くなっているように思えてならない。
優しい彼の気持ちを、思わず勘違いしてしまいそうになる。
「シャイラ? 具合でも悪いのか?」
「い、いいえ! さあ行きましょう!」
彼の背中を押しながら、私は登山道へと足を踏み入れた。
登山道は王宮の管理下ということもあって、整備が行き届いている。
危険なところと言えば、木の根が露出しているところぐらいだ。
「道幅も広くて問題なさそうね」
私は王宮に頼んで作らせた地図を広げた。
そこに今まで歩いた登山道の情報を書き込んでいく。
「ここまでかかった時間……それに、勾配の強さも入れておきましょう」
「そんなに詳しく情報を記載するのだな。これがあれば、一目で登山道の情報が分かる」
「複製して登山口で配布しましょう。あとは方角が分かる魔法道具……それに標高も分かれば……」
「……シャイラ」
「ん? 何、エベル」
「君はもしかして……別の世界の知識を持っているのだろうか?」
「ふえ!?」
唐突に投げかけられた質問に、私は持っていた地図を落としそうになる。
おそるおそるエベルを見上げると、彼は真剣な面差しのまま口を開いた。
「この世界中探しても、君ほど登山に詳しい人物はいない。ならば、他の世界から来た……もしくは、その知識を持っていると考えるのが自然だ」
「えっと、その……」
私は地図と彼の顔を往復させ、視線をさまよわせる。
彼は答えを待つように沈黙し、木もれびに瞳を煌めかせる。
私は意を決して、深く息を吐き出した。
「その通りよ。私には……前世の記憶があるの。黙っていて、ごめんなさい」
「そうか……。すまない、君の事情を探るようなことを聞いて。ただ、どうしても気になってしまったんだ」
「……いいえ。でも、私あなたを騙すつもりはなくて……!」
「わかっている。それに……俺の想いは真実を聞いても変わらない」
「へ?」
「……もうすぐ頂上だ。行こう」
彼はくるりきびすを返すと、登山道を前へと進んでいった。
慌てて地図を地図を畳み、その背中を追いかける。
ふいに視界がぱっと開ける。
木々の向こうから、以前に見たリオ山の頂上が広がっていた。
「この時間帯は……頂上でも人がいないわね」
「ああ……。その方が俺にとっても好都合だ」
「……エベル?」
彼は私の前に、騎士の誓いをするようにひざまづいた。
そして私の手を取り、瞳の奥底に熱をこめたような眼差しを向けてくる。
「シャイラ……。俺と婚約してほしい」
「…………ええ!?」
「君のひたむきな姿勢、努力をする姿に、俺はどうしようもなく惹かれてしまった。君の答えを聞かせてほしい」
「わ、私は……」
彼の体温が、指先に沈み込んだ。
心臓が早鐘のように打ち鳴り、喉が詰まりそうなほど呼吸が浅くなる。
「私も…………。いつも優しくて、協力してくれるあなたのことが……好きになってしまったの」
「シャイラ……。そうか、君の気持ちも一緒だったのか」
「それは私のセリフよ。勘違いしちゃいけないって、何度思ったことか……!」
「すまなかった。これからは……ともに、歩んでいこう」
「うん……。これからもよろしくね、エベル」
彼が指先に口づけを落とすと、頂上を包み込むように穏やかな風が舞い上がった。
この国に登山が大流行し、その中心にいる私たちは、さまざまな難題に立ち向かうことになる。
けれど、どんな問題が起こっても大丈夫だ。
隣にはいつだって、愛する人が並んで歩いているのだから。
ご愛読ありがとうございました!
山の日に登山に行けない鬱憤をこめた作品となっております。
普段は真面目な異世界恋愛を執筆。
※今後書くかも知れない番外編
・稜線歩き編
・富士山のような単独峰登山編
・北アのような長距離登山編
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