表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹が嫌がった辺境伯に、姉の私が嫁ぐことになりました  作者: いゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/16

静かな覚悟


 辺境伯家への縁談が決まってからというもの、屋敷の空気は微妙に変化した。

 両親とリリアーヌにとっては「厄介な北辺への縁談を押し付けられる」という罪悪感が、私を「家の駒」として改めて定義することで相殺されたかのようだった。


「クラリッサ、辺境伯家への挨拶状と、契約の書類はできたか?」


 夕食の席で、父が当然のように私に尋ねてくる。

 私は手際よく整理された書類を差し出した。


「はい、こちらです。辺境伯様へ宛てた承諾の書簡と、我が家が用意する持参金の目録、そして婚礼に関する確認事項をまとめてございます」

「ふむ……相変わらず、お前は事務作業だけは優秀だな」


 父は褒めるでもなく、単なる事務的な確認として書類を受け取った。

 リリアーヌは私の横で、セドリックから贈られたという宝石の指輪を眺めながら、退屈そうにフォークを動かしている。


「お姉さま、辺境に行くのなら、冬服は質素なものにしておいた方がいいわよ。あちらでは誰も見ていないでしょうし、ベルノー家の資金を無駄にする必要はないもの」


彼女の軽薄な忠告に、母が同意して頷く。


「そうよ、クラリッサ。あなたは持参金も必要最低限でいいわ。その分、リリアーヌの次のドレスに回すからね」


 かつてなら、この理不尽な差別に胸を痛めたかもしれない。

 家族のためにと必死に働いてきたのに、最後には身ぐるみ剥がされるような扱い。

 だが、今の私に悲しみはなかった。むしろ、ある種の「清々しさ」さえ感じていた。


(……ああ、そうか。この人たちは、最後まで私という人間を正当に評価することはないんだ)


 それは、諦めというよりも、一種の「解放」だった。

 期待を捨てれば、傷つくこともない。

 私がこの家のために尽くしてきた十年の価値など、彼らにとっては、リリアーヌのドレス数着分にも満たないのだと分かった。

 

ならば、私もこれ以上、この家族に情をかける必要はない。


 その夜、私は自室のデスクに向かい、一通の手紙を書いていた。

 それは辺境伯家へ送るための公的な書類ではなく、私自身の備忘録だ。


 これから向かう北辺の地で、私がやり遂げたいこと。改善すべき領地の経営。そして、何より――   


「家族の呪縛から離れた、私自身の人生」についての計画。


(辺境伯様は、噂通りなら厳しい方かもしれない。でも、少なくとも、無駄を嫌い、責任感がある方なら、私の仕事ぶりを頭から否定はしないはず)


 王都の華やかな社交界の、実体のない虚飾と駆け引き。

 そんなものに一生を捧げるよりも、厳しい冬に耐え、泥にまみれても、自分の手で何かを成し遂げる場所の方が、ずっと価値がある。


 ふと、窓の外を見ると、月が雲に隠れようとしていた。

 この屋敷にいる最後の夜は、意外と早く来るかもしれない。

 私は羽ペンを置き、窓を少しだけ開けた。

 肌を刺すような夜の冷気が、私の頬に触れる。


「……ここではない、どこかへ」


 私はもう、この家を守るために帳簿を捏造することはない。

 妹の失態を隠蔽するために頭を下げることもない。

 明日の朝になれば、私はまたいつものように家事を行い、指示を出し、彼らのために働くのだろう。けれど、心はもう、この家の壁の外にある。


 私はそっと手帳を閉じ、深呼吸をした。

 ベルノー伯爵家の長女としての私は、もうじき終わる。

 次に生まれるのは、辺境の地で、自分自身の手で居場所を勝ち取る一人の女性だ。


 準備は、もう整っている。

 誰にも期待されず、誰にも惜しまれない出発が、すぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ