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スケルトンはガチャスキルで強くなる  作者: 一時二滴
第二章 壊れたる者
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シズクの過去⑦

過去編終わりだぁ!!

 既読がついた。

 その瞬間、心臓がバクンバクンと跳ね上がる。

 凝視し続けた目の疲れを一気に吹き飛ばし、雁字搦めにされたかのように緊張で体が硬直する。


 どんな言葉が返ってくるだろうか。私の望む未来を想像する。しかし、途端にそれとは真逆の未来予想がそれを覆い包む。

 そういう結果になっても仕方ないことをしてしまったが、出来れば良い結果で終わってほしいと願ってしまう。

 不安だ。不安で仕方がない。だがもう送ってしまった。既読もついてしまった。

 逃げ場など無い。退路なんてもう存在しない。

 彼女達の想いを受け止めるべきだ。


 スマホからピコンッとポップな通知音が鳴った。

 私の視界の中に彼女の打ち込んだであろう文字列が飛び込んできた。


『……雫なの?』


 それは疑問の言葉だった。

 当然だ。SNSを使い慣れている彼女が急に来たダイレクトメッセージの相手を即座に私と信じ込むわけもない。ましてや私は今までSNSを使っていないと公言していた。尚更疑い深くなるだろう。

 私が私であると彼女に証明しなくてはならない。

 私は返信に『うん』とだけ打ち送信すると、私自身の証明になるであろう物を探すためにバッグを手元に引き寄せた。

 ジッパーを開き、いざ漁ろうとしたその時病院からアナウンスが鳴る。


『不動雫様。不動雫様、お電話です。至急ホールの受付までお願い致します』


 電話?誰からだろうか。

 私は漁る予定のバッグを手に持ったまま小走りでホールまで向かう。

 ホールにたどり着くと看護師から受話器を手渡された。


「はいもしもし、不動雫ですけど」

「雫……急にごめんね。もしかして。もしかしてなんだけどさ、私にダイレクトメッセージ送ったりした?」

「……うん。ついさっき」

「そっか、やっぱり雫だったんだ……」

「うん。あ、あのね私……」

「ごめんね雫!!」


 沈黙が私たちの間を割って入る前に謝罪を切り出そうと動き出した私の言葉を彼女は遮って、啜り泣きながら懺悔するように言った。


「え……?」

「私、あの時雫につい絶交なんて言っちゃった!!本当はそんなこと思ってないの!!絶交なんてしたくない!!あの後、後悔してlimeで沢山謝ったの。でも、返事もなくって既読すらつかなくって、ブロックされたのかなって、本当に絶交しちゃうのかなって、私達もう一生会え無いのかなって……」

「……私の方こそごめんなさい。心にもない事を言ってしまって、本当に、本当に……ごめんなさい!!」


 私は病院内であるにもかかわらず、脇目も振らずに泣き散らした。

 絶え間なく頬を伝る涙。豪雨の如く地面に零れ落ちる。

 ハンカチを顔に当てるが、すぐグショグショになって全く拭き取れ切れない。

 それほどまでに私は電話相手の彼女と涙を流し、そして行いを懺悔し続けた。


 私たちの涙が止まり、瞳を赤く腫らす頃には互いに懺悔は終えていた。

 彼女達に謝る時打算したことや人の善意に甘えようとしたことなど、悪いと思った行いの全てを洗いざらい吐いた。

 傍から見ればなんとも情けなく映っただろう。そう思うと遅れて羞恥心がやってくる。

 そんな私の状況など露知らずの彼女は電話を締めくくるために言った。


「雫、改めてごめん。今度みんなとお見舞いにいくね」

「うん。待ってる」


 その機会が訪れた時はまた謝ろう。今度は直接、面と向かって。


 ●●●


 あれから数日が経過した。

 彼女達は言葉違わずお見舞いに訪れ、私の謝罪を受け入れた。

 その後は以前の出来事なんてまるで無かったかのような接し方と面持ちでいてくれたため、私としては話しやすかった。


「じゃあね雫。また来るね」

「うん。バイバイ」


 一通り喋り尽くすと日も暮れ始め、「じゃあそろそろ」と別れを告げると彼女達は病室を退室した。

 長時間喋るのは久しぶりだったもので喉がもうカラカラだ。

 水分補給のため病室に配置された共有冷蔵庫を開けてみるが中身が空だったため、渋々私は病院の自動販売機まで足を運んだ。


「あ……」


 自動販売機の目の前に差し掛かったところで私は思わず声を漏らす。

 そこには見覚えのある男がペットボトルを片手に佇んでいた。

 静かな廊下だったため、何事かと男は声のした方向に振り向く。


「あれ。君は確か……」

「あ、雫です。先日はどうもありがとうございました」

「あぁ、雫ちゃんっていうのか。困ったときは助け合いっていうし気にしなくていいよ。その様子だとうまくいったんだね。というか、今回はいつもより言葉固いけどどうしたの?」

「あ、それは、その……」


 あの時の私には他人を敬うなんて余裕は一切なかった。

 男が言っているのは恐らくそのことだろう。今回は敬語なんだと。

 申し訳なさ過ぎて言葉が詰まる。

 その様子を見ていた男は途端に笑い出した。


「え?」

「ハハハッ、ごめんねからかった。正直敬語でもタメ口でも俺はあまり気にしないよ」

「そ、それでもやっぱり目上の人なので。あ、あとこれ」


 私はポケットに仕舞っていたストラップを取り出した。

 それは金属でできたストラップ。八重歯を見せつけながらにっこりと笑っているクマのバッチだ。

 一回目と二回目にくれた物は既に廃棄されてしまっていたり、原型を留めていなかったりしたため残っていないが、最後に貰ったこのバッチだけは大切にとっておいた。

 地面に投げ捨てたせいで少し歪んでしまったけれど。


「これは、前あげたやつだね。これがどうしたの?」

「改めて謝ろうと思っていて」

「あ~。あげたものだから別に気にしなくてもいいよ」

「……そうですか」

「うん。てか、それ歪んでるね?別のやつあげるよ」

「いえ、これでいいです」

「え?でもそれ歪んでるよ?」

「私にとってはこれで十分なんです」

「そ、そう?」


 男は心底納得しなさそうな表情で結局は引き下がった。

 私にとってこのストラップは心が弱いばっかりに色々と壊した過去への戒めであり、そして男とのつながりだ。

 私が求めていた助けの綱ではないと、それは妥協であると男は言った。しかし、そんなことは全くなかった。男の言葉で確かに私は救われたし、両親に謝った時だって男が後押ししてくれた言葉に支えられた。求めていた綱ではなかったとしても、結果的に言えば男の綱は無くてはならないものだった。

 男はそう思っていないかもしれないが、私にとっては家族や友達同様に必要不可欠な存在だった。

 その事を決して忘れる事の無いよう、私はこのストラップを生涯大事にしたいと思う。


「じゃあ、雫ちゃん。俺はそろそろ病室に戻るよ」

「わかりました。あ、今度病室に遊びに行ってもいいですか?」

「あ~、それは難しそうだな。俺、明日退院なんだわ」

「え!?そうだったんですか!?」

「うん。入院した理由だって大したことないしね。だから遊びに来ることはできないね」

「そうですか……」


 私は表情に落胆の色を見せた。病院内で話せる人は医師や看護師を除いてこの人しかいないため、会話に飢えている私は暇さえあれば男のもとまで遊びに行こうかと考えていたからだ。

 そんな私の顔を見て男は安心させるような口調でこう言った。


「まあまあ、そんなに落ち込むんじゃない。退院したからって会えないわけじゃない。暇があったらお見舞いにでも行くよ」

「ほんとうですか!?」

「うん。またお土産を持って訪ねるよ。だから俺が面会に来たときはちゃんと通してね?じゃなきゃ俺、病院から不審者扱い受けちゃうから」


 そういいながら男はケラケラと笑った。男の笑いにつられて私もクスクスと声を抑えながら静かに笑う。


「わかりました。気を付けます」

「絶対だよ?」

「はい。あ、一応もう一回名前を聞いてもいいですか?前回聞いたんですけどうろ覚えで……」

「加布施 勝也だ」

「加布施さんですか。わかりました」

「うん、じゃ今度こそ行くよ」

「引き留めてしまってすみません」

「いいよいいよそのくらい」


 自動販売機の真横に設置されたごみ箱に飲み干したペットボトルを突っ込むと、加布施さんは手をひらひらと振りながらその場を去っていった。

 加布施さんとの話が終わったその時、思い出したかのように喉の渇きが訪れる。


「喋りに夢中になって当初の目的忘れてた」


 私は自動販売機でペットボトルを一本購入すると、その場ですべて飲み干しゴミ箱に入れるのだった。

 その翌朝、加布施さんは退院していった。


 ●●●


 それからまた数日経過して、私が傷つけてしまった人達との関係は完全に回復した。医師や看護師は私を避けることがなくなったし、問診してくる時に雑談を交わせるまで人間関係を修復することができた。


「不動さん問診です。開けても大丈夫ですか?」

「はい」


 そういうとシャーと軽快な音を鳴らしながら看護師が閉まり切ったカーテンを開く。その後、胸ポケットに刺さったペンを一本取り出し、問診を開始する。日頃とあまり変わらない問診内容を次々応えていくと、抱え込んでいたバインダーに挟んだ用紙に記入していく。

 最後の質問に答え終えると、今度は雑談へと変化する。


「そういえば、明日加布施さんがお見舞いに来てくれるらしいわね」

「そうなんです。とても楽しみです」


 ちょっと前に退院した加布施さんからこの日にお見舞いに行っていいかという連絡が来た。

 その時私は大層大喜びしながら「大丈夫です!!」と答えてしまい、その声を聴いた加布施さんは「お、おうそうか」と少し驚いた返答をしていた。


「しかし、加布施さんもよく予定作れたわよね。あの人プロ野球選手で超活躍してるのに」

「え?加布施さんってプロ野球選手だったんですか!?」

「知らなかったの!?かなり有名よ!?SNSとかでもちょくちょく話題になるくらい!!」


 全く知らなかった。SNSをやっていなかった弊害がここにきて……。


「そうだったんですか」

「そうよ。今回入院した理由だって肩に罅がほんの少し入った程度だったらしいわ。普通の野球選手なら安静にさせるくらいなのに監督直々に土下座してまで入院させてほしいって頼んだらしいわ。それだけ将来を期待されているってことよね」

「他の患者の情報って教えても大丈夫なんですか?」

「えぇ、多分大丈夫よ。実際加布施さんの入院理由はニュースで報道されているから秘匿する意味があまりないと思うわ」

「ならいいんですが」


 たとえ情報が流れてたとしても、血縁でもない他人に患者の情報を開示するのはどうなのだろうかと私は思ったが、胸の奥に仕舞っておくことにした。


「あ、でもとある噂があるんだけど、加布施さんの肩に罅が入った原因ってガチャガチャを回しすぎで、安静にって言っても絶対ガチャガチャ回しに行くから監督が入院することを頼み込んだらしいわ。まぁ、肩に罅が入るなんて相当ガチャガチャ回さなきゃいけないだろうし、普通に野球によるものだと私は思うけど」

「……」


 加布施さんが持ってきたお土産は全てカプセルに入ったおもちゃだった。つまり、加布施さんの大事なものは全てガチャガチャから排出された景品だったと言える。ガチャガチャの景品を大事な物と称する人がガチャガチャを回す数がたった数回とは思えない。

 そう考えると、看護師のいう噂は真実なのではないだろうか……。


「そうだ!今日は加布施さんの復帰試合があるらしいわ。見といたら話しの話題増えるかもよ?」

「そうですね!」


 私は看護師の言葉に誘導されてテレビのリモコンを手に取った。スイッチを入れるとテレビは光を発し始め、復帰試合があるとされるチャンネルに切り換えると大きな野球場がライブ中継で映し出された。


「まだのようね……ん?」


 私と看護師はテレビの前で試合が始まるのを待っていると、途端に番組が切り替わる。


「臨時ニュースです。本日復帰戦を控えていたプロ野球選手である加布施 勝也選手ですが、先日の昼頃に死亡していた事が判明しました。死因は車に跳ねられた事によるものと見られており、防犯カメラには大型トラックによって加布施選手が轢かれる姿が……」


「……え?」


 私の頭は真っ白になり、周囲の音が全く聞こえなくなった。まるで脳に取り入れた情報を抹消するように、また再び訪れる音を拒絶するように。

 しかし、人間そう簡単に記憶を消すことなんてできない。私の意思とは正反対に脳が身体を正常な状態へ引き戻そうと働きかける。その瞬間、今さっき取り入れた情報が私の脳内でフラッシュバックした。

 うそ……そんな事……だって明日来てくれるって……恩返しもまだしてないのに……。


「ウッ!!」


 すると胸が苦しくなった。精神的にではない、物理的に。この時を期に私の症状はひどく悪化した。今まで何事もなかったはずなのに。

 病は気から。人の心持ち次第で病は軽くなり、また重くなる。

 弱り切り、点滴で補わなければまともに活動できない内臓などの器官が、加布施さんの死を期にショックとなって更なる弱体化を受けた。

 どんなものでも治りかけの物は壊れやすい。傷の瘡蓋は簡単に剥がれるし、塗り立てのボンドは取れやすい。それは心も同様で、皆が私を許し、壊れかかった心が修復されかけたところで加布施さんの死というダメージは、例え少し会った程度だとしても、心を壊し切るのに十分な爆薬だった。それほど私にとって加布施さんは大きな思い入れがある存在と成っていた。


 看護師が慌ててナースコールを押しているが、恐らくもう間に合わない。

 視界がどんどんと暗くなり、四肢の感覚が鈍くなる。

 看護師がすかさず点滴の摂取量を増やす。点滴の温度で身体がヒンヤリとするが効果は全くない。

 恐らく、私の器官はもう機能していないのだろう。弱っているではなく、動いていない。だから機能を補助する点滴を打ったところで状況が変化することが無いのだろう。

 ここで生きたいと心から思えば状況が一変していたかもしれない。しかし、今の私に現状を抵抗する気持ちは一欠片としてなかった。

 あるのはただ、もういいやという諦めの気持ちだけだった。


 そして私は、静かに意識を手放した。

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