シズクの過去⑤
すみません。今回では終わりませんでした……。
「いいや、俺は代用だ。君を支えられるのは俺じゃない。君を本当に救える人は別にいる」
代用?そんなわけない。実際に私は今あなたに救われている。黒い感情を洗い流してもらっている。
なのに、別にいるって、どういうこと?
涙でずぶ濡れとなった私の顔を見て男はハンカチを取りだし、私の目元に優しく添えながら話を続けた。
「確かに俺は君を心配した。それはもう心底ね。だけど君は今勘違いしている……というよりは妥協かな?キツく言うと、すがる人がいないから、会ったばかりである俺からの助けを綱として握った。だけど、君が本当に助けてと願っていたのは、綱を垂らして欲しいと思っていたのは俺じゃない筈だ」
男が言っている意味を理解できない訳じゃない。しっかり分かるし、ちゃんと伝わっている。
私が本当に求めていた助け、それは―――友達や両親によるものだった。
男の救いで妥協した気はこれっぽっちも無かった。むしろ最初はそれが本当に私が求めていた助けだと思い込んでいた。
だけど、男の言葉を機に思い返して心の奥底に尋ねてみれば、私が求めていた綱は別だった。
しかし、私は双方に酷い態度をとった。暴言も吐いたし、物も投げた。それによって時には怪我もさせた。
それは到底許されるべき行為ではないし、許されるはずもない。
だから、私には助けを求める資格なんて……。
私の気持ちを表情から察したのか、拭い終えたハンカチを机に置いて男は言った。
「……君が思っているよりも人は寛容だ。仲を形成した時点で無数の糸が君とその人を繋いでくれる。たとえ許しがたい事をして糸が何本も千切れたって、たった一本だけでも残っていればその人の心の片隅には君がいる。君がその人をどう思っているか俺はよく知らないけど、君とその人との糸はもう全て千切れていると思える程少なかったのかい?」
「違う!そんなことない!!」
皆との関係を否定された様な気がして思わず怒鳴り声をあげてしまった。
そんな私の様子に男はビクリッと驚いて見せたが、すぐに頬を吊り上げて言った。
「ならやるべきことは決まっている。謝るんだよ」
謝る。確かにそれをすれば解決するだろう。だけど謝罪をしたところで解決するとは限らない。
私の謝辞を受け入れるかもしれないが、逆に拒絶する可能性だってある。
皆との関係は完全に崩れていないと私がいくら思っても、相手がどう思っているかで結末は変わってしまう。
今までを鑑みると拒絶される可能性の方が圧倒的に高いとも思える。
それがたまらなく不安だった。
怖くて怖くて、体が震える。寒くもないのに鳥肌が立つ。
私は男の言葉で動き出すことが出来なかった。
それを見かねたのか、男は震える私の肩を掴んだ。
恐怖で視線が足元に向いていた私は、急な刺激に身体をビクリと震わせて男の方をゆっくりと向いた。
「勇気が出ないのかい?」
「……」
私はコクリと静かにうなずいた。
「そうか、それは仕方ない。拒絶されるのは誰だって怖いものだ。でも、俺が最初に言ったように、人は思いのほか寛容だ。ちょっとやそっとで糸が全部千切れるほど脆くはないし、千切れても頑張ればまた繋ぐこともできる。だから、一度失敗したからってこれから一生変わらないなんてことはない。だから恐れる必要なんてこれっぽっちもないんだよ」
終始優しい表情と口調で男は私を勇気づけ続けた。
「やり方がわからないのなら、電話でも掛けて一言ごめんなさいと言ってごらん。二度三度と繰り返す必要はない。ただ一度だけ、プライドもカッコつけも何もかも捨て去って、最初の一言に誠心誠意を籠めてそう告げるだけでいい。もし、相手と君の糸がまだ繋がっているのなら、その打算のないたった一言で君を許すと言ってくれるはずだ」
「ほ、本当に?」
「あぁ、本当だとも」
男の言葉には自信しかなかった。
力の籠ったその言葉が私を更に勇気づける。
勇気は貰った。あとは私が、一歩踏み出すだけだ。
ベッドに座っていた私は靴を履き、その場を静かに立ち上がった。
「私、行ってくる」
決意を露にする私に男は頑張れとエールを送り、その場を立ち去った。
私もまた動かなければと病院のホールへと向かい、看護師に頼んで電話を貸してもらった。
まだ不安を拭い取りきれていないのか指先が震える。
だけど、ここまで来たのだから断念するわけにはいかないと、震える指を必死に操り、電話番号を入力する。
両親が住まう自宅の電話番号を。
プルルルルと電話機特有の音が鳴り、更に不安を掻き立てる。
両手に持った受話器が震えで落ちそうだ。
体感時間が途轍もなく長く引き伸ばされ、応答待ち時間がとても長く感じる。
留守番電話であってくれと思ってしまう程の恐怖が押し寄せた。
そして、遂にガチャリと受話器が鳴った。応答された合図だ。
「はいもしもし?」
「……」
応答に応えたのはお父さんだった。
ここで自分の名前を告げて一言ごめんなさいと謝ればいい。
それなのに、いざとなって言葉が出なくなった。
「すみません?もしかしていたずら電話ですか?」
「……」
喉が水分を搾り取られたかのようにカラカラだ。
頭も真っ白に染まっている。
まるで石像にでもなったかのように私は動けなかった。
「何もないのなら切りますよ?」
少し苛立ちの含んだお父さんの声が耳を通る。
まずい、このままでは切られてしまう。
だけど、私の身体は動かない。恐怖で硬直してしまっている。
そんな私の頭にある言葉が通りすぎた。
頑張れ。
頭が真っ白になっていたからか、その言葉は鮮明に聞こえた。
直前に男から告げられたエールの声。勇気をくれた声援。
その言葉は、石化の魔法を解く呪文のように私に作用した。
「切りますからね」
「ま、待ってお父さん!!」
「ん?そ、その声はシズクか!?なんの用―――」
「ごめんなさい!!!」
受話器に向けて私はそう告げるのだった。
次の話が多分過去編最終回です?




