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第34話 決戦

 サーシャは初めて味わう感覚に驚愕していた。

 戦いにおいて、白銀(ぎん)の能力者は未来見(さきみ)の応用で相手の動きの予測や剣筋を見ることが出来る。戦いの技術が同格程度の相手であれば、敵ではないのだ。


 しかし、この相手は別格だった。

 行動を予測出来ても、その動きについて行けない。剣筋が見える時にはもう剣がその軌跡を描いている。

 ギリギリで反応して、ただひたすらに攻撃を受けることしか出来ないのだ。


 男は構えもせずにいきなり斬り込んで来た。予測していなければ、あっという間に斬り伏せられていただろう。

 そしてすぐに距離を取り、間髪入れずに次撃が放たれる。その踏み込みの深さ、凄まじい剣速に翻弄されながらも、なんとか自身の剣を合わせていく。


 アルスはその女戦士の強さに舌を巻いた。

 明らかに実力差があるにも関わらず、ギリギリで反応して防御する。いくら欠片持ちと言っても、相当な腕前だ。

 このような防戦一方の相手はその内にこちらの動きに慣れて、反撃してくるのだ。


 足の踏み込みでフェイントを掛けてから身体をねじって斬りつけるが、見事に相手の剣が食らいついてくる。


「……やるな……!」


 アルスはギリギリと刃を交えながら相手に賞賛を送る。村の襲撃で見た時も戦神のようだと思った。こんな状況でなければ、酒でも酌み交わしたいくらいだ。


 ふっと剣を緩め、サーシャがバランスを崩した隙にアルスの右膝蹴りが入る。サーシャは咄嗟に肘で受けて大きく後ろに飛ばされた。


 フィアードは二人の対決を必死で目で追っていた。明らかに自分とは違う高みで戦う二人に感動すら覚える。

 アルスが押しているが、サーシャも決して負けていない。時間を掛けて防御し続けていれば勝機が見えるかも知れない、という感じだ。


 とにかく二人の邪魔をしないように気配を殺していると、いきなり背後から氷の刃が無数に飛んできた。

 咄嗟に結界を張って刃をはじき返し、フィアードは振り返った。

 そこに佇む二人の人物を見て目を見張った。


 乳白色の髪と水色の目の女性が全身に水の精霊を纏わせてフィアードを睨みつけている。その後ろには包帯だらけの男が立っていた。


 フィアードはチラリとヒバリの亡骸を見る。やはり親子は似るものだ、と関心する程に二人は似ている。

 その様子を不審に思ったグラミィはフィアードの視線を追い、血溜まりに倒れている亡骸を見た。何か引っかかるものを感じて目を凝らし、真っ赤に染まっているその少女の正体に気付いた。


「ヒバリ……!」


 グラミィは目を大きく見開いた。何故、誰が、疑問符が次々に浮かんで言葉にならない。

 戦いを仕掛けたことも忘れ、娘の元に駆け付ける。躊躇いもせずに血溜まりに踏み込み、娘の身体を抱きしめた。


「どうして……? ヒバリ……!」


 包帯だらけの男がゆっくりと歩み寄り、その少女の亡骸を覗き込んだ。泰然とした動きには違和感はなく、何故包帯を巻いているのか分からない程だ。


「ほう……これがお前の娘か、グラミィ……」


 聞き覚えのある声だ。顔は全く分からないが、背格好から考えてもダルセルノに間違いはないだろう。大きく息を吐いてフィアードは剣を握り直す。


 サーシャは肩で息をしながら剣を握り直した。相手は少し息があがっている程度だ。その実力差を冷静に判断し、退却しようと一歩下がった時、彼女が最も信頼している男の声が聞こえた。


「でかしたぞサーシャ! この女は災いの源! 我が兵士達を惑わした淫獣だ!」


 突然の宣言にフィアードとアルスは我が耳を疑った。何を言っているのだろう、この男は。


 ダルセルノは邪悪な笑みを浮かべながらフィアードに向き直った。


「ふふふ……フィアードよ、知りたいか! この女が我らに何をしたのか!

 この女は、我が帝国(・・・・)の兵士を惑わす為に魔人共が送り込んできた売女だった(・・・)のだ!」


 確かに兵士の宿舎にヒバリを送り込めば、兵士達は大混乱になっただろう。やはりこの男には記憶があったのだ。

 フィアードはそのことに関して警戒を強くしたが、その話の内容に過敏に反応した人物が二人いた。


「この恐ろしい娘はとんでもない淫乱でな。その場にいる男全てを喰い物にしよった! 今思い出しても身体が震えるわ! この女に気の狂った男共が群がって……何人同時に相手しておったのか分かるか?」


 こんな身体にも関わらず、口元がいやらしく笑う。


「な……んですって……! 貴方はなんて事を……! 娘の事をよく知りもしないくせに!」


 グラミィは娘を抱きしめる腕に力を込め、魔力を集中させる。


「はっ! わしもフィアードもアルスも、サーシャがその女を殺さなんだら危なかったんだぞ。まあ、少しはいい思いをさせて貰ったがな……」


 グラミィが氷の刃を放つより早く、人影が風となって男の前を駆け抜けた。


「……あ?」


 驚いた男の首が宙を飛び、残った身体がグラリと揺れて血溜まりの中に倒れ込んだ。男の血が更に流れてその色彩を広げていく。


「ヒバリは俺の嫁だ。過去(・・)は関係ない」


 アルスは剣に付いた血糊を忌々しそうに振り払い、男の血で穢されぬようにヒバリを抱きしめているグラミィを連れ出した。


「……あんたがヒバリの母親か……」


 成る程、よく似ている。アルスは母娘の姿を一瞥してサーシャに向き直った。


「お……お義兄様……!」


 サーシャは突然の出来事に呆然としている。アルスが剣を構えた事に気付き、後退った。この男には勝てない!


「お前達……よくも……お義兄様を……! フィアード! ダイナ様は必ず取り戻す! 覚えていろ!」


 彼女にしては陳腐な捨て台詞を残したかと思ったその直後、彼女の姿がかき消えた。


「……転移したのか?」


 アルスはその現象に眉を顰めた。フィアードも信じられない思いでサーシャが消えた跡を見て、あることに気付いた。


「いや……多分、それ程遠くには行ってない。転移した訳じゃない」


 フィアードは地面を指差す。そこには薄っすらと足跡が残っていた。


「時間を止めて走って移動したんだ。俺達にとっては瞬間移動に見える」


 アルスは息を飲んだ。時間を止める……そんな能力を持っていたなんて。戦いの場で使いこなせたら無敵ではないか。


「多分、発動には自分の動きを全て止める必要がある。戦闘中には発動しないと思って大丈夫だ」


「お前……凄いな……」


 あの一瞬の発動でそれを見抜いたというのか。アルスは目を丸くした。

 フィアードはこと魔術に関しては素晴らしい観察眼を持っている。これが剣術にも使えたら彼はもっと強くなれるのに……と本人に聞かれたら拗ねられるような想像をしてしまった。なんとなくフィアードから目を逸らし、何か言いたげなグラミィと目が合った。


「とにかく……ヒバリを清めてやろう」


 アルスはグラミィからヒバリを受け取り、水車へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 アルスは水車の水でヒバリの身体を優しく洗ってやっていた。乳白色の髪が見えてきた。

 気がつくとグラミィが手足を洗っている。重苦しい沈黙を破るように、グラミィがアルスに声を掛けた。


「……貴方が……ヒバリの?」


「はい」


 アルスは湿らせた布でヒバリの顔を拭った。顔には傷もなく、その唇は赤みを失ってしまっているが、口元は微笑んでいるように見える。


「笑ってるわ…ヒバリ。多分、これで良かったのよ」


「良くない……。俺は……」


 そっと瞼に触れる。もう、あの潤んだ空色の目が自分を見てくれないのかと思うと苦しくてたまらない。


「貴方は人間でしょ? すぐに年老いて死んでしまうわ……。この子は貴方に看取られて逝くことが出来て嬉しかったのよ……」


「……気休めだ……」


「いつも……生き地獄だって言ってたの。好きでもない男に抱かれないと不安だなんておかしいって……。だから、この子を産んでしまったこの私が殺してやらなきゃって思ってた」


 アルスには平静時の彼女がどう考えていたのかなど、気付く由もない。


「……ヒバリを憎んでた訳じゃない?」


「そりゃ、私の男をことごとく寝取られて、腹が立たない訳がないでしょ。そんな簡単な関係じゃないわよ……親子なんて」


 二人がヒバリを清め終わった頃、フィアードがダルセルノの埋葬を終えて戻ってきた。


「早かったな」


 あの血溜まりの中から死体を運んだにしてはあまり汚れていない。


「面倒だから血溜まりごと地中に転移しておいた。……ところで、あいつは何処が悪かったんですか?」


 あの外道の為にあまり労力を使う気にならなかったのだ、とアルスに答えてから、グラミィに向き直る。


「普通ならば死んでいるくらいの広範囲火傷よ。私が行くまで二年くらいかしら? どうやったのか分からないけどまるで火傷した直後みたいな状態を維持してた……」


 広範囲火傷は大抵受傷から一週間程で死んでしまう筈だというのに。


「……多分、それ以上は自分で治癒出来なかったんでしょう。彼は漆黒(くろ)の欠片持ちです。……何か暗示や思考誘導とか、掛けられませんでしたか?」


 グラミィはフィアードの言葉に驚いて、それで得心がいった、と大きく頷いた。


「……そうね、不気味だからすぐにでも依頼を断りたかった筈なのに、ここまで連れて来たことがそうなのかしら……」


「そうかも知れませんね」


 フィアードは頷くと、ヒバリの胸に刺さった短刀をそっと抜いた。大きく開いた傷口が塞がっていくのを二人は目を見開いて見ていた。


「傷口を塞ぐことは出来ますが、俺にはここまでしか出来ません……」


「……貴方は……何者なの?」


 グラミィの目に畏怖が宿る。こんなにもあっさりと傷口を塞げる魔術など聞いたことがない。それに今僅かに風の精霊が動いたような気がした。


「ヒバリにも聞かれました」


 フィアードは苦笑して目くらましを解いた。


「俺は魔族総長の跡取りです。母方の血も受け継いでいるので、薄緑(みどり)の欠片も持っています。

 妹の病気を治療する為に、(しろ)の族長の許可を得て、水の精霊の加護を受けたいと思っています」


 フィアードがグラミィに事情を説明していると、水車小屋の扉が開いて、中から小さな女の子が出てきた。


「こんにちは」


 元気に挨拶されたグラミィは少し戸惑ってフィアードを見た。これが病気の妹なのか?と目で語りかけている。


「この子はティアナ……えーと、後で説明しますが、病気なのは町に残して来た妹です」


 神の化身であることを話すべきか否か、難しい所だ。サーシャはティアナの名前を今でもダイナだと思っていたので、この場で名前を呼ぶことに抵抗が無いのは助かる。


「あれ? アルスのお嫁さん、寝てるの? もうお昼だよ?」


 ティアナはアルスの腕の中のヒバリを見て首を傾げた。

 フィアードは三歳児が死を理解出来る年頃かどうか、弟妹達のことを思い出そうとした。


「ねえ、お昼だよ。湖に連れて行ってくれるんでしょ?起きて!」


 ティアナがヒバリに軽く触れた瞬間、ヒバリの頬に血の気が戻った。アルスの腕にその鼓動が伝わり、ヒバリの睫毛が震えた。


「あ……」


 ヒバリはゆっくりと目を開けた。ティアナがその顔を覗き込んで嬉しそうに笑う。


「起きた~! ……あれ、あたしが……眠い……」


 ティアナはそのままヒバリの胸に寄り掛かって眠ってしまった。

 アルスはなんとなく何が起こったのか理解したようだが、グラミィは意味が分からず呆然としている。


「……無意識で蘇生したから、魔力を使い切ったんだろう」


 これが、「無かったことにする」治癒……いや蘇生か。記憶を封じていても、その理不尽な能力は健在か、と口元が緩んだ。フィアードはティアナを抱き上げる。

 ダルセルノの言った事が本当なら、ティアナがヒバリを初めて見た時の表情に説明がつく。しかし、今のティアナにとってはヒバリは大好きなアルスの嫁であり、よき遊び相手なのだ。


 ヒバリも信じられないという表情でアルスに抱きしめられていた。結界を張った覚えもないが、あの甘い香りも漂ってこない。ティアナが何かしたのだろうか。


「詳しい事を説明しますので、とりあえず部屋に行ってもいいですか?」


 ヒバリとグラミィは呆然としたまま頷いた。

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