表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/153

第33話 決裂

 結局、ダルセルノを討つのは(しろ)の村へ向かう前を狙うことにした。人目を忍んでのことか、治癒術師と二人で行動しているらしい。

 三人は綿密に打ち合わせをして、そろそろ到着するだろうという朝にそれぞれの持ち場に向かった。


 ヒバリは小鳥に姿を変えて、治癒術師である母グラミィの元へ飛んだ。事情を説明し、手出しを控えて貰わなければならない。


 村の水車小屋まで目と鼻の先の所に二人は天幕を張っていた。何故この位置に天幕を張っているのか疑問に思いながら覗き込むと、敷物の上に横たわる包帯だらけの男に母が手をかざしていた。水の精霊の力で全身を癒していく。


 しかし、しばらくすると、癒しの力は急速に衰えて消えた。傷を完全に塞ぐことは出来ないようだ。


 《……火傷……しかも、かなり酷い……》


 ヒバリはその状態を分析した。火傷を癒すのはとても難しい。身体中の水分が奪われて行くので、それを補充して全身を冷やしてやることで命を繋ぐことは出来るが、焼けてしまった組織を回復させることは水の力では不可能に近い。

 恐らく族長でも完全な回復は出来ないだろうが、(くろ)の居場所を知っているのかも知れない。


 男は苦しそうに喘いでいたが、やがて少しずつ苦しみが薄れたらしく、穏やかな寝息を立て始めた。この治療の為に天幕を張ったのだろう。


 ヒバリはそっと天幕に入り、母の肩に降り立った。グラミィはいつもの連絡かとその小鳥を一瞥した。


「母さん、私よ」


 ヒバリの声にグラミィはピクリと眉を上げた。伝言ではなく、小鳥が意思を持って喋っていることに気付き、淡い水色の目に殺気が宿る。白い小鳥はその剣呑な雰囲気に驚いて今にも飛び立ってしまいそうになるのをすんでの所で堪えた。


「ヒバリ……どうやって館を出たの? ……それにここにはこんな状態でも男がいるのに、よくその姿で居られるわね」


 その声は実の娘に向けるものとは思えない程に冷たい。男と同じ空間にいるだけで無条件に欲情するという体質をよく知る母の言葉に、小鳥の姿を維持しているヒバリは勤めて明るく言った。


「ある人に助けていただいたの。もう男性と同じ空間でも平気よ。それから……私、結婚したい相手がいるの……会ってくれる?」


 出来ることなら母親に祝福して欲しくて遠慮気味に聞いてみる。グラミィの目が一際厳しく光る。


「……何を言ってるの? 結婚ですって? なんの冗談かしら。お前みたいな淫売を嫁にする物好きがいるものですか!」


 淡い期待は脆くも砕け散った。憎しみに似た感情を向けられるのが辛い。しかし、母を愛して人生を共にしようとした男達が皆ヒバリに狂わされたのだから無理もない。

 ヒバリはやり切れない気持ちを押し殺し、母に懇願した。


「分かったわ……。母さんに祝福して貰えるなんて思ってないから……。

 でも、その患者を族長の所へ連れて行くのはやめて欲しいの。私の恩人にとって災いにしかならないの」


「依頼料を受け取ってるわ。今更見殺しには出来ない。それが私の仕事よ。お前が邪魔すると言うのなら……」


 ヒバリは慌てて羽ばたいて、グラミィの目の前に飛び出した。先程までヒバリがいたグラミィの肩から勢いよく氷の剣が生えた。

 もしそのまま肩に止まっていたら串刺しだっただろう。


「母さん……!」


「良かったわね、幸せになれて。……でも、私はお前のお陰で散々な目にあってきたの。祝福してやれないし、応援してやる気もないわ」


 母の刺すような視線にヒバリは苦しげに目を伏せた。心の動揺の為か、鳥の姿を維持するのが難しくなってきた。


「大人しく館に籠って連絡係に徹していれば良かったのに……。お前の取り柄はあのヨシキリ(ロクデナシ)から受け継いだ風の魔術だけなんだから! 娼婦にすらなれない淫獣が!」


 狭い天幕の中で氷の剣が縦横無尽に生えて、ヒバリの居場所を奪う。

 ヒバリはその剣を辛うじて避けてそのまま天幕から飛び出し、空高く舞い上がった。

 天幕は内側から氷の剣に切り裂かれて無残な姿になっている。患者がどうなったのか見る余裕はなかった。


 ヒバリはただ、母に拒絶された心の傷を抱え、もと来た道を真っ直ぐに帰ることしか出来なかった。


 ◇◇◇◇◇


「交渉決裂だ……。ヒバリと母親の関係はかなり悪い」


 フィアードは遠見(とおみ)の状態を維持しながら、水車小屋の二階、物見櫓からその真下にいるアルスに報告する。風の魔術の応用で遠隔会話を考案し、実践してみた。中々使い勝手がいい。


 アルスはフィアードの報告を受けて溜め息をついた。ヒバリの話では、母親との関係が悪いようには感じなかったのだ。母娘で男が絡むとロクなことがないとは聞いていたが、そこまで憎まれているとは想定外だ。グラミィの魔術は明らかにヒバリを殺すつもりで放たれていたらしい。


 フィアードは天幕で倒れていた患者が先程の巻き添えで死んでいないか確認した。男は薄い水蒸気の幕で覆われている。恐らく水の結界であろう。


「ダルセルノは無事。でも、満身創痍には変わりない。恐らく、定期的に治癒を施してなんとかここまで辿り着いた……って感じだ」


 フィアードは見たままを伝える。アルスは珍しく考え込んだ。


「……それなのに供を連れて居ないのは不自然だな……」


 アルスの言葉にフィアードはゴクリと息を飲んだ。そうだ、薄緑(みどり)の力など、あちらには筒抜けの筈……。あの用心深いダルセルノがほぼ単独の行動を取るだろうか。

 何かを見落としていないか、そう思った彼の頬に突然冷たい刃が押し当てられた。


「フィアード……お義兄様に手出ししたら許さない……」


 サーシャがフィアードの背後に立っていた。いつからそこに潜んでいたのか分らないが、櫓に登った時には誰も居なかった筈だ。背中に冷たい汗が流れた。


「転移で逃げようなんて思わない方がいいわよ。……ダイナ様はどこ?」


 ティアナは水車小屋の地下で大人しく遊んでいる筈だが、答える必要はないだろう。フィアードの喉はカラカラだ。


「……俺が来ること……知ってたのか……」


 白銀(ぎん)の力か。フィアードは舌打ちしたい気分になった。サーシャの未来見(さきみ)で予めここで自分達とぶつかることを知り、ダルセルノとは別ルートでこの村に来て潜んでいたのだ。少し考えたら分かることであった。

 狭い櫓だ。フィアードはサーシャに背後を取られたまま、身動きが取れなくなっていた。


 ふと、小さな羽音が聞こえてきた。こちらに真っ直ぐ飛んでくる。

 サーシャの意識がその羽音に向いたことに気付き、フィアードは思わず叫んだ。


「ヒバリ! 来るな!」


 フィアードの声とほぼ同時に、頬に当てられていた短刀がその羽音目掛けて一直線に飛んだ。


「ウッ!」


 短刀が何かに刺さる音と激しい羽音、同時にくぐもった声が聞こえた。突然空中に白髪の少女が現れて朱に塗れて地面に向かって落下していく。


「ヒバリ!」


 迷わずに櫓から身を踊らせた。風に乗り、少女の元へ向かう。空中で少女を抱き寄せると、その胸に深々と短刀が刺さっていた。血が滴ってフィアードの両腕を濡らす。

 フィアードは風を操ってフワリと着地した。生まれて初めて本気の殺意を込めた視線で櫓に立つ人影を睨みつける。


 異常を感じてその場に駆けつけたアルスは二人の姿を見て愕然とした。フラフラと歩み寄り、その少女を覗き込む。


「ヒバリ……」


 短刀が刺さってから人型に戻ったからか、胸元を大きく斬り裂かれて全身が真っ赤に染まっている恋人を、友人の腕からひったくるように奪い取る。

 フィアードの両腕は全く抵抗なく少女を手放し、ダラリと力を失った。再び櫓を見上げると、そこに人影は無かった。


「おい……ヒバリ……」


 アルスの震える声にピクリ、と指先が反応し、ゆっくりと瞼が開いた。空色の目が力なく笑い掛ける。


「アルス……」


「ヒバリ!」


 アルスの逞しい肩が震えている。ヒバリは優しく微笑んだ。


「ねえ……知ってた? ……私が口付けしたのって……貴方だけ……なのよ……」


 白い指先がアルスの唇をなぞる。少女を抱きしめるアルスの身体が瞬く間に血で染まっていき、ヒバリの頬からは色が失われていく。


「……喋らなくていい!」


 アルスはその白い手首を掴んだ。……脈が感じられない。


「貴方の腕の中……この私が……こんな素敵な……死に方……あり……がと……」


 ヒバリの頬を一筋の涙が伝い、その空色の目から光が消えていく。口元には笑みが刻まれていた。


「ヒバリ……! ヒバリ!」


 アルスの悲鳴が響き渡った。


 ◇◇◇◇◇


 水車小屋の前には血溜まりが出来ていた。その中に赤毛の男が座り、腕には朱に塗れた少女が眠っている。


 物見櫓から降りてきた女戦士は、少女の胸に自分が投げた短刀が刺さっていることに首を傾げた。


 怪しげな鳥に向かって短刀を投げた覚えはあるが、その直後に捕えていた筈の少年が櫓から飛び降りて、よく状況を飲み込めなかったのだ。


 その血を浴びた少年も自分の前に立っていた。明確な殺意を込めて剣を構えている。


 我ながら酷く緩慢な判断力だ、と思いながらも、サーシャは目の前の少年を敵と認識して腰の剣を抜いた。以前に比べると格段に強くなったようだが、まだまだ自分の敵ではない。ボンヤリとそう思う。


「フィアード……そいつの相手は俺の約束だっただろ……」


 血溜まりで赤毛の男が立ち上がった。

 腕の中の少女に愛おしそうに口付けすると、ゆっくりとその場に横たえる。二人ともその全ての動作に見入ってしまった。もし邪魔をしたら瞬時に一刀両断されてしまうであろう程の異様な迫力がある。


 サーシャはその歴戦の勇士に向き直る。緩慢な思考の中でもこれから始まる戦いの予感に背中がゾクゾクとしてきた。


「お前に恨みはなかったんだがな……、今の今までは……」


 ヒバリの血に染まった手を柄に掛け、アルスはゆっくりとサーシャに対峙する。その赤銅色の目は深い悲しみに彩られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ