91、応答せよ、白石さん
白石さんが雨宮由希さんのことを好きになったのは、もう二年も前のことらしい。雨宮さんは美人だし、優しいし、決して淫らなところはなく、しっかりと自分の考えをもった素敵な女性だと、おれは思う。
それでも、おれは白石さんと雨宮さんが一緒に話しているところを見たことはほとんどなく、白石さんと雨宮さんの接点がどこにあったのか、よくわからない。
そんな白石さんが、おれに盗聴器とイヤホンを渡してきたのは、4月の10日のことだった。おれは白石さんがいったい何をやらかす気なのか、わからずにちょっと心配になった。
その白石さんがいうには、
「おれは雨宮さんと話すのが苦手だ。だが、雨宮さんのことを愛してもいる。こんなおれでは、きっとうまく雨宮さんに告白することができないと思うんだ。だから、雨宮さんに告白する時、どこをどうしたらいいか、おれを尾行して、この通信機で助言をしてくれないか」
とのことだった。思うに、白石さんは本気だったのだと思う。本気で悩んだすえに、このような結論に達したのだと思う。
もちろん、おれに断ることなどできるわけもなかった。おれは白石さんと雨宮さんがうまくいくように、真剣にこの作戦に臨んだのだった。
まず、最初の相談は身だしなみからだった。いつも通りの格好で、最低限の手入れをすませていればよい、というのがおれの指示だった。おれが思うに、雨宮さんは決して白石さんのことがそれほど嫌いではないと思うのだ。だから、変に急に格好をつけるよりも、普段どおりの格好の方が自然と受け入れてくれると思ったからだった。
「わかった。それではいってくる」
通信機でそういい残して、白石さんは運命の告白へと向かった。
「さりげなくですよ。さりげなく。これがいちばん重要です」
おれは白石さんを尾行しながら、通信機に話しかける。
近所のファミレスに雨宮さんを呼び出すことにはすでに成功している。ちょっと話があるから、とおれづてで雨宮さんには伝えてある。
「今、ファミレスに入った。雨宮さんがどこにいるのか、わからない。どうぞ」
「自分でゆっくりと探してください。それくらいできるでしょ。どうぞ」
「雨宮さんを見つけた。アイスクリームを注文しているようだが、まったく食べている様子がない。どうすればいい。どうぞ」
「もう、突撃するしかありません。突撃してください。どうぞ」
「何といったらいいかわからない。どうぞ」
「ごめん、待たせちゃった、と話しかけて、席にすわり、そのあと、一方的に話しかけて、相手に話す隙を与えず、そのまま、告白へとなだれこんでください。どうぞ」
「了解」
そして、白石さんは話し始めた。
ごめん、待たせちゃった。
そんなことないです。
そう、それなら、いいんだけど、実はぼくは最近、好きな人ができて、それでその相談にのってほしいんだけど。
えっ、そうなんですか。
そうなんだ。実は、好きになったのは最近じゃなくて、もうずっと前からで、ずっと気になっていて、それでたまらなくなって今日、告白することにしたんだ。
そうなんですか。
そうなんだ。その好きになった相手というのは、実は、由希さん、あなたなんだ。ずっと気になってました。ぼくと付き合ってください。よろしくお願いします。
「ごめんなさい。わたし、五年前から結婚しているの」
「わかっています。それでも、ぼくと付き合ってください」
おれは一瞬、意識が遠のいたかと思った。おれは雨宮さんのことは職場のOLだということぐらいしか知らず、白石さんがまさか、そんな無謀な突撃を敢行していることにちっとも気づかなかった。
通信機が、通信機が雑音しか送ってこなくなった。どうなったんだ。
「応答せよ。応答せよ、白石さん」
おれは小さな声で叫んだ。ファミレスの外にいるおれには中でいったい何が行われているかわからない。
ああ、たぶん、ダメだ。おれは聞こえなくなった通信機を片手に、ひとりたたずんでいた。




