89、これはSFではありません
カート・ボンクラカットは家への旅路を急いでいた。なんとなく、いいしれぬ不安にかられたからだった。家にいる息子、娘、そして、妻は無事だろうか。強盗にで襲われてはいないだろうか。焦って電車に乗るカート。そんなカートの耳にラジオの緊急放送が聞こえてきた。
「緊急放送、緊急放送、現在、ニューヨークは火星人の襲撃を受けてはいません。くり返します。火星人の襲撃を受けてはいません」
カートは耳を疑った。火星人の襲撃を受けていないとは、いったいラジオのDJは何を伝えたいのだろうか。
襲撃を受けてないなら、いいじゃねえかよ。カートは思った。
いや、しかし、気をつけなければいけない。ラジオのDJは本当のことをいえないがために嘘をついて教えているのではないだろうか。ラジオのDJのいいたいことは、本当は逆、すなわち、ニューヨークが火星人に……。
カートは家族の心配をした。早く家に帰って、無事な家族の顔を見なければ、安心できない。
カートは心配で、電車で隣に乗り合わせた男をよく観察してみた。すると、その男は静かに黙々とある自分に振りかかった災難について話し始めたのだった。
「わたしはタイムマシンを発明しませんでした。だから、何千年の過去にも、何万年の未来にも旅立たなかったのです。旅に出なかったわたしは何の苦労もしませんでした。すべて順風満帆です。過去も未来もわかりません。恐ろしくないことです」
カートはその男を無視することにした。
暗雲立ち込めるニューヨークの街並み。どこか遠くが赤く燃えているような気配はまったくなかった。
家に帰ったカートのもとに、妻のジェーンが微笑みかける。
「火星人は襲ってこなかったわ。それで、火星人を倒すために、うちの息子がミュータントに変身することもなかったの。ミュータントに変身した息子が超能力で戦うこともなかったし、その結果、火星に旅立つこともなかったの。別に、火星に旅立った息子がたった今、帰ってきたわけでもないわ」
家はまったく無事なようだった。火星に旅立たなかったという息子マークの姿も見えた。
一口、冷たいお茶を飲み、心を落ち着けて、テレビをつけた。
「見てください、この街並み。まるで火星人に襲われなかったかのように整然としています。火星人はやってきませんでした。その恐ろしい兵器で地球を侵略したりはしなかったのです。街はどこも壊れませんでした」
つまりは何も起こらなかったのだ。カートは黙って、テレビを切った。




