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独房の同居人

「ぜんっぜん納得できないんですけどお!!」

 そいつは隣に座り込むなり最大音量で抗議を述べた。

 俺はきんきん響く声から極力耳を離しつつ、事実を告げる。ああ、手が使えないってのは不便だ。

「納得しようがしまいが、そのうち仲良く縛り首なんだ。せめて快適に過ごさせてくれよ」

「あんたは何で平気な顔してんの!?」

「何でって……こんなしっかり拘束されてちゃ暴れても騒いでも無駄だってわかるだろ」

 俺たちの両手はそれぞれ体の前で鉄の枷に拘束されていた。

 ここは王都でも有数の監獄で、政治犯の収容所だ。

 暴君が王位に就いて三年。

 刑の執行にもかかわらず収容者は増え続け、俺の独房には政治的策謀とは無縁そうな、いかにも庶民といった風体の子供が放り込まれてきた。

 俺が何で監獄にぶち込まれてるかって?

 主が前王の長子で、妾腹だった。

 第二王子が他の兄弟や王位継承権者をすべて排除していく中、主は病に倒れた。

 いわれのない罪で弾劾されていく派閥の者たちの処罰をできる限り軽くし、あるいは密かに逃亡させる。それが俺に下された最後の主命だったからだ。

 ……要するに、敗戦処理担当ってわけだ。

 そしてどうにも拭いきれない暴君の疑念を最後に俺がかぶって落着する。そういう筋書きだ。

「罪状も誇張されちゃいるが、まあまあ事実だしな」

 広くはない部屋の角まで行って再び腰を下ろす。これでちょっとは耳鳴りがマシになればいいんだが。

「ボクはなんもしてない!!」

 ……効果は薄そうだ。

 めでたくご同輩となったのは、10代半ばくらいの子供だった。とにかく声が大きい。

 そしてお仕着せが驚くほど似合っていない。

 新人の可能性も一応あるが、仕草や言葉遣いから見ておそらくは忍び込んだネズミといったところか。とはいえわざわざ指摘するのも億劫なので、俺は知らないふりを決め込むことにする。

「バカスカ新しい法律が出されてるから、知らずにどれかに引っかかったんだろ。自分の無知を嘆いとけよ」

「冷たい!!」

「優しくしても残り数日じゃメリットないし」

「世知辛い!……ってそうだ、時間がない!なんとかこれ外して逃げないと!!」

 ガチャガチャと枷を鳴らして手を抜こうとしたり、壁にぶつけてみたり。

 結局、騒音が減ることはなかった。

 俺は諦めて壁を向いて寝ころんだ。

 仕事上、上にも下にも常に配慮を心掛けてきた、その人生の最後がこんな騒がしいことになるのは、さすがに予想外ではあった。

 まったく人生とは、ままならないものだ。


 日が暮れ、夜が更けても金属音は鳴りやまなかった。

 同居人は相変わらずガチャガチャ枷を鳴らしている。

「いい加減諦めたらどうだ」

「金属だって壊れることはあるはず……!」

「長期的な収容ならともかく、古くもない枷が数日で壊れるなんて万に一つもねーよ」

 ちなみに、独房の壁は石積みだから道具があったとしても掘削による脱走はあり得ない。それこそ数日でどうにかなる脱獄方法ではない。

 この場合は……

「……お前の力で脱走を試みるなら、枷を何とかするより看守を出し抜くか、懐柔するのが現実的だろ」

「!!手伝ってくれるの!?」

 改善案示すと、目を輝かせて同居人が振り返る。期待に満ちた目で見るな。

「いや?ただ古今東西の一般的な脱獄手法を述べているだけだ」

「冷たい!!」

 こいつが思いつくかはわからんが、確か手を傷つけて枷から抜くという方法もあった。ただ、この調子だと本当に試しかねないので黙っておく。

 騒々しいだけじゃなく、血まみれの修羅場なんて最悪すぎる。

「優しさだと言ってもらいたいね。現実を教えてやってるんだ」

 俺は膝に置いた指を一つずつ折って障害を数える。

「枷を破壊できたとして、どうするっていうんだ。独房の中だし、看守もいるし、塀の中だ。万一それらを越えたとしても追手がかかる……余計苦しむだけだぞ」

 きょとんとした目が、感心の色を浮かべて見返してくる。

「へえ、あんた賢いんだねえ」

「お前が何も考えてないだけだろ」

 あまりの無計画ぶりに頭痛がするほどだ。

 こんなのに睡眠という唯一の逃げどころすら奪われるなんて、俺が何をしたっていうんだ。いや、王様基準で有罪ではあるんだが。

「でもさ、諦めたらその時死んじゃうって決まっちゃうじゃん。でも、諦めなかったらまだ決まってない」

 澄んだ瞳がまっすぐ俺を射抜く。

「一秒しか変わんないかもしれないけど、ボクは一秒でも長く生きていたいな」

「そんなにまでして生きたいもんかよ。こんなクソみたいな世の中」

 思わず本音がこぼれ出た。

 汚らしく許されないものを数えきれないほど見た。

 そして、それに対抗するには同じくらいゴミになるしかなかった。

 俺はうんざりしていたのかもしれない。俺自身に。

 同居人の目には、そんなもの映っていないのだろうか。

「そんなに難しいことかな?今日手に入った美味しいパンだとか、明日の天気は良さそうだとか、来月はお祭りがあるなーとか……いつか、海を見て見たいとか。そういうので、生きてたいって思うのに十分じゃん?」

 小首をかしげる、その首元で白い飾りが揺れる。

 虹貝のチャーム。遠い海の欠片。

 主の声が耳の奥でよみがえる。

(――お前に頼みがある)

 地獄の底まで付き合う、その覚悟だった。

 海が見たいと言ったあの人に。

(その覚悟があるのなら、私の代わりに……みんなを頼む)

「……お前がここを出るなら、少なくとも看守は死ぬ。責任問題だからだ。それはわかってるのか?」

 理解度の確認のために問うと、同居人はごくりとつばを飲み込んだ。それでも、ためらいは一瞬だった。

「人間が生きてる時って、必ず何かを殺してる。そうでしょ?」

 変なとこだけ賢しいことを言う。

 その表情がふっと緩んだ。

「あんた、ほんとにやさしいんだね」

「はあ?」

 心の底から声が出た。人殺しの算段をする人間に「優しい」とは。いや、さっき自分で言ったんだったか?

「ボクの気持ちまで気遣ってくれるんだ」

 ああもう、調子が狂う。にこにこするんじゃねえ。

「中途半端な覚悟で立ち往生でもしたんじゃ、いろんなもんが無駄になるって言ってんだ」

「うん。ボクが生きてても意味なんて何もないけど……それでも生きていたいな」

 そして、同居人はまっすぐな目で言い切った。

「ボク、迷わないよ」

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